鈴凛のボード
メッセージ一覧
拍子抜けするほどあっけらかんと言った彼は、手に持っていた本を置いて、近くにあった本棚を覗いた。ふむ。と口元に手を当て、その背表紙を確認する。本棚を見て流れていく視線にまた心臓が嫌な音を立てた。
あの本棚には、明治大正期の文豪の作品を多く置いていた。太宰治、芥川龍之介は、勿論。中原中也、中島敦、坂口安吾、そして、織田作之助。
どういう反応をするのか怖いもの見たさで、彼の顔をうかがっていると、彼は何でもないかのような顔をして、一つ本を手に取る。
パラパラと数ページ読んでは、次、また次と、本を次々と手にする。
「私たちが本を書くような世界があるなんて、思いもしなかった!」
いや、彼女は私を知っている様子だったし、高次元的な世界かな? ページの仕組みも、高次元からの干渉という説も・・・・・・。
そう難しいことを呟きだした彼は、ふと顔を上げ、私の視線に今気づいたかのような顔をした。


コナン 聖
,
「やあ」
そう言って顔を上げた彼は今いる場所に全く似合わない顔をしていた。
強化ガラス一枚に分け隔てられ、後ろには顔も見知らぬ職員が立っている。勿論、会話は録画・録音されて、親族や友達と会う事の出来る回数さえ限られる場所。
「元気です、よね。・・・・・・ヤケにすっきりした顔してますから」
「しなければいけないことが無くなったから」
留置所に似合わない、憑き物が取れたような表情をした聖さんはニコっと笑った。
数年ぶりに見たような気さえする、いや、実際に数年ぶりなのだろう、こんなにも晴れやかな、明るい彼を見たのは幼少期が最後だった。
面会を求める時に私と聖さんがどういう関係かと問われて、ふと、過去を振り返る。ただの隣人で、私の初恋を奪った人。両親から受け継いだコミュニケーション能力と顔、そしてキザなセリフをサラっと言えてしまう軽さ。初恋キラーとさえ噂される彼を女の子たちの中で一番近くで見てきたんだから、恋に落ちる事は至極当然で、仕方ない事だった。
だけど、そんなこと言えるはずもなく、只お隣さんで顔見知りで、ほんの少しだけ隣人として世話することもある関係。そう言えばあっさりと面会許可は下りて、今こうして対面している。
実のところは、そう大して仲がいい訳でもない。友達というのは気安く、幼馴染というのは憚られて、だけど知り合いや顔見知りの言葉に落とし込むには、年月が流れ過ぎてほんの少し近すぎる。
生まれついた時からの隣人という様な言葉が一番合う関係だった。
「大学は停学処分になるそうです」
「うん、聞いたよ」
あっさりとそういう彼は余り気にしていないらしい。医療関係の仕事に就くことが夢だと言っていたはずなのだけど。首を傾げたのに、言いたいことを察したらしい。
「大学はどうにでもなるからね」
「それ、高校生の私に対する嫌味ですか」
そうかもね。そう言ってひとしきり笑った後、真面目な顔をして聖さんは口を開いた。
「・・・爺さんは元気だった?」
「一応、会いに行ったんですけど、面会してくれなくて」
そう。その一言で気まずい沈黙が流れる。いつもこうなんだ。見知らぬ人にさえ気軽に話す癖に、私と話すときにはどことなく気まずさが流れる。
きっと、あの時、聖さんが木刀を持ち出すほどの喧嘩をしてしまったせいだ。分かってはいても、時間に任せて仲直りした今更、その話題を口に出そうとはお互いにしなかった。
どう、言葉を繋げればいいのか分からなかった。心のどこかで聖さんは、そんなことするはずがないと思っていて、それでも目の前の彼は認めている上、証拠も揃っている。
励ますのも違う、責めるのも違う、普段と変わらないようにするのも難しい。気まずい空気の中、ふと、もし今「好き」と言ったら、どうなるのだろう。もしかしたら。焦った頭がそう考えて、そんな、ほんの出来心で口を開いた。
「・・・・・・聖さんは、私が好きっていったら、どうしますか」
後ろで息が詰まって鳴った喉の音。警備の人は、こんな場所で告白しだす人がいると思わなかっただろう。ごめんなさいと、心の中で謝る。
「ごめん。好きな人がいる」
今度は息を呑む音が聞こえた。
「・・・そう、ですか」
笑えていなかったんだな。警備の人のハラハラした視線が背中に刺さる。
警備の人をちら、と覗くと動揺が見て取れるのに、目の前の人は冷静で、本当に清々しい顔をしていた。きっと、少しは申し訳ないと思っているはず。そうでも思ってくれていないと、私の恋が報われない。
「どんな、人ですか」
目じりが垂れて、眉も下がって、口元は自然と上がって、そんな恋した表情になった。あ、何で聞いちゃったんだろう。
「和葉ちゃんは」と嬉しそうに話しだす。
「すごい可愛い子で、居合の剣をいい音って」
「で、発展しそうなんですか?」
好きな人の、好きな人の話を聞いていられず、思わず遮ってしまった。聖さんはそれに気を悪くした様子もなく「勿論、落とすよ」とにこやかに笑った。
「落とすって・・・、まさか、恋人いる相手だったり」
「好い人は居るみたいだけど、負けるつもりないから」
人の恋路を邪魔していることを堂々と白状したのに、溜め息を吐く。
でも、もしかしたら、その子がその、好い人と付き合えば・・・・・・、可能性は私にだって
「応援してくれる?」
訳、無いか。


fgo続き
「レフ! やっと来た!」
ざわめきの方へ向かって所長が声を上げる。
そちらを見れば、いつの間にかレフ教授が来ていて、そしてその後ろに普段から偉ぶっている時計塔かどこかの魔術師も複数居た。
その場に居た技術職の人が顔を歪めるのが分かる。彼らは偉ぶるだけ偉ぶって、働かず、技術職、つまりは魔術の使えない人を馬鹿にするのだ。
目の上のたんこぶ、蝿より鬱陶しいと技術職の中では評判になっている。
例に漏れず、レフ教授と一緒に近づいてきた人も見下したような目をして「どこかへ行け」と手で払う仕草をした。
。
「不運だったね」
そう言いながら渡されたコーヒーを受け取り、「本当に!」と思わず大きな声が出た。あの後も、怒声や興奮した声、貶す声が響き渡る中、渡された仕事を片付け、短くなってしまった昼休憩に技術職の愚痴が始まる。
みんな災難だった。と甘いものやコーヒーを渡してくれて、口いっぱいに頬張る。甘さに気を取られている内に話はいつの間にかドクターのことに変わっていた。
「ドクターも良くやるよね」
「所長は何でドクターに当たり強いんだ?」
「ほら、ドクターは前の所長の代からいる上に、何かと優遇されてたみたいだから。父親が取られて嫌だったんでしょ」
「かと言って、レフ教授ばっか優遇されても⋯。いや、そこら辺の強い魔術師と裏でコソコソやられるよりはマシだけどさ」
みんなの溜め息が重なる。今の所長も良いとは思うが、騒動を見た後では前所長が居ればと思う事もしかたない。
。

