ロル7
「っ、………」はく、と息を呑む。そして言葉が見つからないというように、視線をさまよわせて幸葵の方を見た。狼狽えたような、そんな表情。「せん、せい……」
「……」黙ったまま口元を抑え、幸葵は首を振る。俺は実家のあの部屋に戻るつもりもなかった。だから今、この部屋に入るのも躊躇われます、と少し早口気味に言う。出来れば征花さんが見てきてください、と少し開けてから幸葵は言う。「……俺の部屋は、見たことくらいあるでしょう。……今、俺には入るだけの余裕がない。頼めますか」
「…わかり、ました……」小さく頷いて、幸葵の手を離し、征花は1人で部屋の中に入る。先生が、狼狽えていた、動揺しているような顔をしていた。まあ、自室なんて再現されたら、誰だって狼狽える。それが、高校時代まで使っていた方のだとしたら、尚更、先生には。
部屋の外で壁に凭れ、幸葵はしゃがみ込む。いつもなら音に気を遣うのだけれど、そこまで意識できず、少しばかり鈍い音がする。ずるずる、としゃがむ。頭を抱える。トラウマとも呼べるような、過去の記憶。高校生時代の、部屋。部屋自体は整頓されていて綺麗だけれど、妙に人の気配のない空間だ。本が本棚に収まっている。机の上にノートが何冊か収まっている。けれど、人が使ったような気配がない。「……机の、引き出しの、鍵は……俺の、好きな本の、栞代わりに使っていました」部屋の外から幸葵がそんなことを告げる。
「……はい……」本棚から、幸葵が好きだと前に言っていた本を見つけて開く。発言通りに、鍵を見つけて、手に取ると、一応の確認をするために扉の向こうの幸葵に話しかける「……先生…あの、引き出し、見て、大丈夫ですか?」
「……構いません」どうせ日記しか入れていなかった、と言う。それに、と乾ききった口を誤魔化すように幸葵は続けた。何かを隠すなら、鍵の掛かる場所に入れるでしょう? と。「……実際、どこまで再現できているのか……気にはなりますが」
「……わかりました」1人、頷いて、征花は机の引き出しの鍵を開ける。日記しか入れていなかった、という言葉の通り、引き出しの中には日記として使っていたのであろうノートが、数冊。1冊、手に取って躊躇いつつも開いてみる
一冊の日記帳。……中のページに文字はない。ただ、所々に朱い色が落ちてはいる。参加したような赤。どちらかと言えば、黒に近いような錆びた色。……恐らくは、血に近いような。
「………血……」ぽつり、と呟いてその赤に触る。乾き切って、酸化しているのだから手につくわけがないけれど、それでも何度か触って。深く、ため息を吐き出した。
血、という単語に幸葵は苦笑する。どの日記を開いたのかは分からないけれど、後悔にも近いような感覚がある。仕方ないけれど。「……奥の方に、まだ空いた空間があるはずです。引き出しは外して、机の上に広げてみてください」
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