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(^ー^) (プロフ) [2018年7月10日 21時] [固定リンク] 携帯から [違反報告]

青良(666さん)

(^ー^) (プロフ) [2018年7月10日 21時] 1番目の返信 携帯から [違反報告]

うちはおかしい。そう思い始めたのは、物心ついて間もなく。
僕には二人の兄ちゃんがいる。鋼稀兄ちゃんと赤羽兄ちゃん。涼斗という弟もいる。それに両親がいて、我が家は一家族だった。
だった、と過去形になったのは……もう八年も前のことだろうか。両親に突き飛ばされた鋼稀兄ちゃんの身代わりに交差点に吸い込まれていった──僕は聞いてそう思った──赤羽兄ちゃんが死んでからだ。
間に合わないブレーキと間に合わないことを示すクラクションが、間近にいた鋼稀兄ちゃん──兄貴の耳にはまだこびりついているという。
そんな話を聞くとなんとなく……僕は昔から兄貴や涼斗と違い、赤羽兄ちゃんみたいに考える方が得意だったから、まざまざと轢かれて死ぬ赤羽兄ちゃんの映像が頭に思い浮かべられた。それを兄貴や涼斗に話すことはない。きっと、二人共心配するだろうから。
僕は赤羽兄ちゃんが髪を括っていたヘアゴムで簡単に髪をまとめた。それで、僕の中での赤羽兄ちゃんの死に対する対処は済んでいるのだから、これ以上騒ぐ必要はないと思ったのだ。
それと、二人に話さなかったのはもう一つ──映像の中の赤羽兄ちゃんは笑っているように見えたから……それが不審で、けれどきっと僕の想像で思い込みに過ぎず、なんとなく二人に話せないでいる。
赤羽兄ちゃんが実際、死の間際に笑っていたとしたら、赤羽兄ちゃんは死ぬことで幸せになった──楽になった、ということだ。
それはいいことなのだ、と一般論理なら表すだろう。けれど、僕は喧嘩っ早い兄貴なんかより、考え込む方が好きで、考え込んだ先に、つい、意味を求めてしまう。
もし、僕の想像した赤羽兄ちゃんの最後が、本当だったとしたら、それを赤羽兄ちゃんが僕にしか見せないのは、どういう意味があるんだろう、と、深読みしてしまうんだ。
赤羽兄ちゃんは僕みたいに頭で考える方が得意だった。それに、名前は赤と青。まるで対であるかのように名付けられた。まあ、顔立ちは断然、兄貴と赤羽兄ちゃんの方が似ているんだけど。そうではなく、僕はもっと根っこの部分で赤羽兄ちゃんに通じているんじゃないかって思ったんだ。
……思い込みにしか過ぎない。そう思うから、僕は一人で抱えて一人で答えを探している。
答えなんて、もうない。だって、唯一答えを知っている赤羽兄ちゃんはもう逝ってしまったんだから。

(^ー^) (プロフ) [2018年7月10日 22時] 2番目の返信 携帯から [違反報告]

赤羽兄ちゃんが死んでから、一家族の括りは変わった。兄貴が思い詰めた顔をしながら、僕と涼斗を家から連れ出して、別な家に住ませるようになった。以来、両親の顔は見ていない。薄情な話かもしれないけれど、今じゃ顔も思い出せない。
別に思い出す必要なんてないんだろう。だって、僕らの両親は……兄貴や赤羽兄ちゃんや、涼斗を苦しめていたろくでなしなのだから。
兄貴たちは必死に隠しているつもりだったみたいだけど、考えることが得意な僕はいちいち兄貴や赤羽兄ちゃんの時折見せる痛ましげな顔の意味を考えていたし……あるとき、涼斗に現実を見せられたんだ。
涼斗はまだ幼かったから、こらえきれなかったんだと思う。あるとき僕の前で、唐突に泣き始めたんだ。痛い痛いって。そうしたら、涼斗の体にはいくつも傷があって。小さい涼斗の腹についた大きな青痣は、どうしたって忘れられない。赤羽兄ちゃんが死んだときの映像みたいに。
僕は兄弟の中では被害の少ない方で、だから、兄弟の中では、一人異質な存在だったんだと思う。兄貴たちにそんなつもりはなかったんだろうけど、きっと僕は一人、除け者にされていた。共有させてはもらえなかったんだ。兄貴たちの痛みや苦しみを。
苦しみは少ない方が、そりゃ、いいんだろうけど、でもさ、僕ら兄弟じゃん。血の繋がった兄弟じゃん。……一人、現実を知らないような気がして、悲しくなりながら、涼斗の手当てをしていたのを覚えている。涼斗はたぶん、あの日一回きりだったから、忘れたと思うけれど。
孤立した存在。僕は自分をそう称したけれど、赤羽兄ちゃんのことを思い出すたびに思う。──赤羽兄ちゃんには、僕らとはちょっと違う、諦念がなかったか、と。
僕らが知らない、赤羽兄ちゃんの側面があるのではないか、と。あるいは、一番近くにいたはずの、兄貴でさえ知らないような何かを、赤羽兄ちゃんは一人で抱えていたんじゃないか、と。
そう思うのは、間近で見た兄貴よりもまざまざと赤羽兄ちゃんの死んだときを思い描ける僕に、何か赤羽兄ちゃんと通じるものがあるんじゃないか、と根拠はないけれど……赤羽兄ちゃんは、僕に知れず、何かを託そうとしたんじゃないかって、考えてしまうんだ。
気のせいと言ってしまえばそれまでだけど、僕の中で何度もループする赤羽兄ちゃんの死に際がそう思わせてくれない。

(^ー^) (プロフ) [2018年7月10日 23時] 3番目の返信 携帯から [違反報告]

兄貴はずっと、赤羽兄ちゃんを忘れないでいる。その様子が僕には赤羽兄ちゃんという存在に兄貴が囚われ続けているように見えた。
いつも、僕や涼斗は置いて、一人でお墓参りに行っているみたいなんだ。
僕は正直、腹が立っていた。赤羽兄ちゃんの兄弟は兄貴だけじゃない。赤羽兄ちゃんに僕らだって、花を手向けたい。
けれど、兄貴は僕らが外に出ることを恐れた。学校くらいにしか行かせてくれない。
両親の暴力がなくなって、兄貴や涼斗は楽になったかもしれない。でも、僕は?
兄貴に言われるがままに学校に行って帰ってするだけの僕は? あの頃と何も変わっていやしないじゃないか。何が違うっていうんだい?
そんなことを何度も兄貴に突き付けようと考えた。けれど、兄貴はなかなか帰ってこない。帰ってきてもいつも疲れたような顔ばかりしている兄貴に僕はそんな残酷なこと言えやしなかった。
兄貴はひどい。
涼斗にだって、言えなかった。涼斗は僕のたった一人の弟だから。弟は守らなきゃいけないから。
……そう、兄貴と赤羽兄ちゃんから学んでいた。それを思うと、兄であることが苦しくて仕方なかった。
兄貴と、涼斗と。二人の間に挟まれた僕はやはり僕のままで、ずっと考え続けていた。
帰ってきた兄貴の顔が浮かない。何かあったのだろうか。疲労の色が濃い。余計に外に出るなと言われて、不思議に思って兄貴の顔を観察した。……そこには生きるのに一所懸命とかそんな前向きな色はなく、明日はどう生きよう、という不安でもなく、……ただ、恐怖だった。
意味がわからなかった。何故、何を一体兄貴は怖がっているの? 何を恐れて僕らをこの家に閉じ込めるの?
けれど、僕はその問いを口にしなかった。兄貴から言ってくれるのを待った。僕はいつも待つ側だから。待っていれば教えてくれると思った。
なんだかんだ言って、僕らは兄弟なんだから、いつかわかり合うために話してくれると信じていた。
けれど、そのいつかはいつまで待っても来ない。
僕はそれでも待ってる。ずっと待ってる。兄貴から歩み寄ってくれるのを。
兄貴が助けて、と言ったときに、頼りになれるようにと気丈に振る舞っているつもりだ。
けれど、そのいつかはいつまで経っても来ない。
赤羽兄ちゃんと僕に一体何の違いがあるの?
僕も赤羽兄ちゃんも兄と弟両方を持つ間の子だよ。何が違うんだろう?
鏡の僕にそう問いかけて、髪をほどいて今日も眠る。鏡の中にいる赤羽兄ちゃんは答えてくれない。

(^ー^) (プロフ) [2018年7月12日 20時] 4番目の返信 携帯から [違反報告]

明らかにおかしい、と思ったのは、やけにセキュリティのしっかりした家賃の高そうな家に引っ越したときだった。
……そんなお金、どこにあるの?
僕は兄貴に不信感を抱かざるを得なかった。
何事もないように僕らは異様なマンションで生活している。僕と涼斗は兄貴に守られている。……でも、兄貴は?
兄貴は誰が守るの? それは僕らじゃ駄目なの?
兄貴は何も言わない。言ってくれない。ただ今日も平穏無事に過ごす僕らを見て、仄かに笑うだけ。
笑うようになっただけましなのかな、と思うことにした。思うことにしていた。
けれど、日増しに兄貴の顔の疲労は色濃くなっていく。それに、見てしまった。
「くそっ」
そう壁を殴って毒づく兄貴の姿。決定的な何かを言っていたわけじゃないけれど、それだけで僕は悟ってしまった。
兄貴は苛立っている。自分の現状に。現状を変えられない自分に。変えられない「何か」をしている自分に。
兄貴は後ろ暗いことに足を突っ込んでいるのだ、と察してしまった。
それに気づいてからは、それをどう切り出そうか悩んでいた。何せ「弟であるお前たちを守るのが俺の義務だ」と言われてしまえばそれまでだからだ。一人の兄でもある僕は、それに反論できない。僕だって、涼斗を守りたいから。
「でも、犠牲になるのは間違ってるよ……」
今日も鏡の中に赤羽兄ちゃんを見出だして、誰にも打ち明けられない思いの丈をぶちまける。誰も聞いていやしない。だって、赤羽兄ちゃんはもう死んでいる。
「こないだ調べたらね、犠牲って書いて、いけにえって読むんだって。家族の幸せのためにいけにえは必要なのかな。赤羽兄ちゃんみたいに、兄貴みたいに。いけにえの上に立って生活している僕は、どうやって笑えばいいのかな?」
弟を守るのが兄の義務というなら、守られるのは弟の義務なのだろうか。
黙って守られていればそれでいいのだろうか。
心のどこかでいつも僕は叫んでいる。
──幸せになるのにいけにえが必要な人生なら、そんなものいらない!
それを口にできず、実行もできない僕は、毎日こうして鏡に映る「赤羽兄ちゃんのそっくりさん」にずうっと相談を続けているのだ。
そんなので解決にならないって知っている。
答えはいつだって、鏡の向こう側。僕の手なんて、届きやしない。

(^ー^) (プロフ) [2018年7月12日 21時] 5番目の返信 携帯から [違反報告]

「ねぇ、兄ちゃん、おかしくない?」
涼斗が不安げに聞いてきた。僕は大丈夫だよ、とはとても答えてあげられない。
大丈夫じゃないことは明白なのだ。兄貴は犠牲になってる。僕たちのためにいけにえになっているんだ。
「待とう。今日は兄貴、帰ってくるって」
携帯電話を強く握りしめているのを涼斗に見られないようにしながら慰めた。
待っていたらきっと帰ってきてくれるから。
「本当!?じゃあ今日はご馳走だ」
「滅多に帰って来ない家族みたいな言い方しない」
確かに、滅多に帰って来ない兄貴だけれど。
少し多めにお好み焼きの材料を買っておく。なんとなく、これがご馳走という観念が涼斗についているのだ。弟の夢を守るのも兄の仕事だろう。
「ただいま」
気だるげな兄貴の声がして、涼斗が真っ先に飛び出してって、兄貴が鼻をくすぐらせたのか、いい匂いがすんな、という言葉に合わせて僕は台所からひょっこり顔を出し、はにかんで兄貴を出迎える。
「今日は豚たまだよ」
「よっしゃ」
ガッツポーズの涼斗が微笑ましい。兄貴も嬉しそうだ。みんなでつつけるお好み焼きは兄貴も好きらしい。
「今日も青良が作ってくれんのか。いつもありがとうな」
「ん」
くしゃくしゃと兄貴が僕の頭を撫でていく。ちょっと髪が乱れた。調理中だというのに。
けれど、それで僕は確信した。兄貴には僕の向こう側に赤羽兄ちゃんが見えている。それでも何も語らないのは、きっと赤羽兄ちゃんと兄貴が語り合っていたわけではないから。
でもね、兄貴。
僕は赤羽兄ちゃんじゃないんだよ。どうしたって赤羽兄ちゃんにはなれない。
僕と赤羽兄ちゃんの違いは今思い返すとよくわかる。
僕はいけにえになる兄貴のことを赤羽兄ちゃんのように愛せない。受け入れられたとしても、愛せない。
兄貴は本当は心の奥底で愛されたいと叫んでいる。家族の中でそんな兄貴に唯一応えられたのが、赤羽兄ちゃんだ。年も近いし、顔も似ていて、何より、誰よりも近くにいた。
僕は違う。兄貴から、一番遠いところにずっとひとりぼっちで立っている。
その日の夕飯の味は覚えていない。片付けは涼斗と兄貴に任せて、僕は一人、部屋に引きこもった。
「ねぇ、僕はどうしたらそっち側に行けるんだろう。……ねぇ、兄ちゃん……」
涼斗はもうあちら側なんだ。僕だけが知らないんだ痛みを、苦しみを。

(^ー^) (プロフ) [2018年7月12日 22時] 6番目の返信 携帯から [違反報告]

結局痛みや苦しみなんて共有できないまま、時間が過ぎていく。
学校に行って、帰り際、クラスメイトに「一緒に遊ばない?」と誘われても断るしかない。帰って夕飯の仕度をしなきゃいけないから。早く帰らないと、兄貴が心配するから。……学校にも行っていない兄貴が、何を心配しているのかわからないけれど。
夕飯の仕度をしなきゃいけないのは確かだ。涼斗も料理はできるけれど、レパートリーがそんなにない。だから、僕がやらないといけない。……兄貴が料理を作れるのか、僕は知らない。兄貴が料理を作っているところを見たことがないし、夕飯の時間には兄貴はいないことの方が多い。……一体どこをほっつき歩いているんだか。
……それに。
夜にいない、ということへの不安もあった。兄貴はその後、大金をせしめてくるのだ。夜に大金というと、あまりいいものが連想できない。……売春でもしているんだろうか。
あるとき、兄貴が寝ぼけて居間で何かを握りしめたままいたとき、握りしめているものが気になって、僕は見てしまった。
それは、小切手だった。書かれているのは、数えるのが億劫になりそうな0の数があるもの。そんなの、普通、持っている方がおかしい。
途端に兄貴の顔に滲んだ疲労の表情が明瞭に読み取れた。どうしてそんなに疲れているんだろう? ……答えに辿り着きたくない。
きっと、涼斗はその事実を知っても、兄貴のことが好きだから、兄貴を選ぶだろう。
でも、僕はどうだろうか。そのとき兄貴を選ぶことができるだろうか。
痛みや苦しみを共有させてくれなかった兄貴。一人で抱え込む兄貴。同じように抱え込んで死んだ、赤羽兄ちゃん。
僕は愛せるのだろうか。そんな兄貴を。
迷いがどうしても生じた。僕は心のどこかでずっと、兄貴のことを疑っている。兄貴の行動を、僕らのことを想ってくれているからだ、と素直に受け止めることができない。僕はいつも置いてきぼりにされているから、兄貴を信じてあげられないんだ。……信じたいのに。
だって、僕らは兄弟でしょう? 兄弟として、愛し合って生きることは……思いやって生きることは、できないのかな?
そんなことをずっと頭の中でぐるぐると考えている。学校からの帰り仕度のときもそうだった。
僕の考え込みすぎる癖が仇となったのは、そのときだ。

(^ー^) (プロフ) [2018年7月16日 20時] 7番目の返信 携帯から [違反報告]

僕に声をかけていたクラスメイトの一人が、無理矢理僕を引きずって、人気のない方に連れ込んだ。
あまりいい予感はしない。
「お前、よくよく俺のこと無視するよな? 俺が何かやったか? 何もしてないよな? じゃあなんで俺は理不尽に無視されなきゃならねぇんだ? あぁ?」
よく見るとそのクラスメイトはクラスの中でガキ大将と呼ばれている暴力的な存在だった。できることならあまり関わり合いたくなかったのだが……僕の淡白な対処が裏目に出たのだろう。
ああ、こいつかまってちゃんなのか。
脳内でぽちゃんと雫が落ちるような音がして、頭の中が澄み渡ったように冷静になる。
かまってほしい、かまってほしい、自分の方を見てほしい。それがかまってちゃんの特徴だ。
──まるで僕みたいじゃないか。
兄貴に、赤羽兄ちゃんに思っているのは、一言にまとめると、こっちを向いてほしい、そういうことだろう。
なんだ、同じなのか、と思ったら、憐れみが湧いてきた。それを目敏く表情から汲み取ったらしいガキ大将が拳を鳩尾の辺りに入れてくる。
「生意気なんだよ」
テンプレートな台詞回しに苦笑するしかない。僕は残念ながら全然痛くなかった。
兄貴たちの痛みに比べたら、こんなの全然。
僕は冷静に問う。
「先生呼ぶよ?」
「はっ、誰がこんなところに来るかよ」
「誰かー、助けてください」
叫ぶと思っていなかったらしいガキ大将が、僕を見て目を剥く。よく通る僕の声に、誰かが反応したらしい物音が聞こえ、ガキ大将はやべっと漏らして、どこかへ逃げていった。
逃げていった。どこかの兄貴と一緒だ。
僕は一人になり、苦笑の形から表情を変えられないまま帰途についた。殴られたお腹が痛いけれど、まあ、いいや。
その日の夜はお腹が痛くてまともに物も食べられず、具合が悪いから、と早めに布団に潜ったものの、やっぱり痛みで眠れない、という感じになっていた。
そんな中、僕はまたいつものように鏡に向かう。手を伸ばして紡ぐ。
「赤羽兄ちゃん……」
もう、鏡の向こうで届かない声。
届かないはずの声。
「どうしたの? 青良」
懐かしい声に驚いて顔を上げる。すると鏡に映っているはずの自分は驚いておらず、優しげに微笑んでいた。
見間違えようがない。
「赤羽、兄ちゃん……」
何故かわからないが、会えたのだ。
会いたくても会えないはずの兄に。

(^ー^) (プロフ) [2018年7月16日 20時] 8番目の返信 携帯から [違反報告]

「嘘でしょ……」
呟くが、鏡の向こうの兄ちゃんは首を横に振った。
「嘘じゃないよ。大きくなったね」
鏡にかけた手を重ねてくる、死んだ頃のままの兄ちゃん。年は、そろそろ追いつくんだったか、よく覚えていないけれど、あの頃大きく感じた赤羽兄ちゃんの手は僕の手とぴったり重なるくらいだった。それが僕と兄ちゃんの間にある時間の隔たりをそのまま示しているようで、なんとも言えなくなる。
「本当に、赤羽兄ちゃんなの……?」
「僕に偽物なんているかなぁ」
穏やかに笑う赤羽兄ちゃん。あの頃と全然変わっていない。
赤羽兄ちゃんは、僕らにとって一人だけ。偽物なわけがない。
「ほら、青良、泣かないで」
「え」
鏡が鏡として機能していないため、赤羽兄ちゃんに指摘されるまで、自分が泣いていることに気づかなかった。頬に触れると、確かに濡れている。
ふと、鏡の向こうの兄ちゃんがこちらに手を伸ばしているのに気づいた。けれどその手は鏡を抜けてくることはない。やはり、目の前の赤羽兄ちゃんは鏡の向こうの存在なのだ。
赤羽兄ちゃんは困ったように笑った。
「泣かないでおくれよ。僕じゃ拭ってあげられないから」
「……うん」
指先で眦の雨滴を掬い上げ、中空に散らす。……果たして何の涙だったんだろう。
兄ちゃんも同じことを考えたらしい。
「どうして泣いていたの?」
正直、それはわからない。名状しがたい感情が僕の胸を締め付けて、僕は首を横に振るしかできなかった。
けれど、赤羽兄ちゃんはやけにそれが気になったようで、次々と憶測を口にする。
「死んじゃったはずの僕に会えたこと? 成長が僕に追いついていて感慨深かった? あ、でも青良はあんまりそういうキャラじゃないか。どこか痛かったのかな。それとも」
兄ちゃんが続けた言葉に僕はどくりと心を揺さぶられた。
「僕を叱りたくて泣いたのかな? それが上手くできなくて」
──それだ。
口には出さないがそれが一番しっくりきた。
僕は勝手に死んでしまった赤羽兄ちゃんに、何かしら言いたかったのだ。赤羽兄ちゃんは兄貴を救ったけれど、僕を救ったわけじゃない。僕は文句の一つや二つ、夢でもまやかしでもいいから、誰かにつけたかった。
それに今一番適している人物が、鏡の前にいる。
僕はぽつりと呟いた。
「……赤羽兄ちゃんの、馬鹿……」

(^ー^) (プロフ) [2018年7月16日 21時] 9番目の返信 携帯から [違反報告]

満足そうに僕の言葉を受け止める兄ちゃん。まるで、詰られることを望んでいたかのようだ。
僕は一度零れた感情を制御できなくなって、鏡に向かってぶつけた。
「親がどれだけ屑だったとしても、兄弟全員で生きたかった、僕を仲間外れにしないでほしかった、赤羽兄ちゃんに死なないでほしかった、兄貴を庇って道路に赤羽兄ちゃんが飛び込んでくれたから今があるんだろうけど……『今』僕たちはバラバラなんだよ! 兄貴は何かひた隠しにして、怪しいお金で僕らを養って、そのためにいないことが多くて、涼斗はもう何にも知らないかのように普通に生活していて、僕が、僕だけが、いつも仲間外れだ。あの頃と同じ。それがひどくなった。僕の中で兄弟はバラバラになっちゃったんだよ! それもこれも赤羽兄ちゃんが勝手に死んじゃったせいだよ! 赤羽兄ちゃんが死ななきゃ、兄貴は……鋼稀兄ちゃんはもっとまともな幸せの獲得の仕方をしてた。僕と涼斗だってそうだ。何より赤羽兄ちゃん……なんで、望んでいたように死んでいったの? 赤羽兄ちゃんの未来には、兄弟で笑い合う未来は存在しなかったの?」
立て続けに責め立てて……けれど赤羽兄ちゃんは何も言い返してこなかった。まるで、叱責されるのを望んでいたように僕の言葉をゆっくり咀嚼して、それから笑った。
やがて、ゆったりと口を開く。
「残念だけど、存在しなかったんだ、兄弟全員で生きる未来なんて。……僕の中には」
ごめんね、と兄ちゃんは微笑む。……やっぱり、そうだったんだ、と僕は思った。
「死ぬあの瞬間──僕は青良が思った通り、幸せだったんだ。君たちが幸せになれると思ったんだ。自分勝手で、エゴだけどね、それでいいと思った。
でも本当はね」
続けた兄ちゃんの目には涙が滲んでいた。
「こうして、誰かに怒ってほしかったんだ。否定してほしかったんだ。僕の行動を。だからね、ありがとう、青良」
兄ちゃんの言葉が僕の中ですとんと落ちて、僕はいくらか心が穏やかになる心地がした。
「青良、君は僕に一番近くて遠い存在だ。僕は鋼稀を叱ることもできないけれど……もし、鋼稀を僕のように馬鹿だと思ったら、ちゃんと叱ってあげてね」
兄ちゃんは悪戯っぽく言う。
「鋼稀は僕とそっくりだから、たぶん労りより叱責を欲してると思うから──」
兄ちゃんの言葉が頭の中に溶けて消えた。
──目を覚ます。どうやらあれは夢だったようだ。
わかったよ、兄ちゃん、と呟いて僕は居間に向かった。
-了-

(^ー^) (プロフ) [2018年7月16日 21時] 10番目の返信 携帯から [違反報告]
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