嘘吐き

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森崎華影

666 (プロフ) [2021年7月17日 20時] [固定リンク] スマホ [違反報告]

父さんも母さんも兄さんが嫌いでした。兄さんによく似ている僕を、父さんも母さんも嫌いでした。綺麗な指も通る声も、見せるな聞かせるな、で僕は構ってもらえませんでした。
兄さんは僕のことが好きだったらしいです。15年の隔たりがある頭に、体に、対等を認めて僕をよくよく可愛がってくれました。
父さんも母さんも、兄さんが大嫌いでした。僕に話し掛けない代わりに兄さんとよく、ケンカをしていました。僕が初めて覚えた名前は兄さんの名前でした。怒鳴る父さんの声がわんわんとして、忘れられなかったんです。
兄さんは、それはそれは喜んでくれました。兄さんが人間みたいに笑ってくれるのが、僕は本当に好きでした。まるで人間じゃないみたいに目を細める兄さんは怖かったです。
「僕の分け身!」
優しいけど空っぽな目が、僕を見付けた瞬間に柔らかくなって瞳から口から笑ってくれるのが好きでした。取ってもよく似た顔の兄さんが笑ってくれるから、僕も笑うことを覚えたんです。

どうして兄さんが嫌われているのか、理解したのは四つの時でした。漸く言葉を学んだ僕に、兄さんはそっと聞いてくれました。
「一緒に来るかい? 僕の分け身、君が一人で居るのはあまりにも正しくないんだよ」
連れて行かれた先は、何処かの建物でした。空がただ怖いくらいに青い、ある夏の日でした。
兄さんは「教主様」と呼ばれて、空の眼で人を見てた。その瞳に光なんてなくて、ああ、兄さんにはこの人たちが人間にも思えないんだろうなって分かった。
「僕の分け身を連れてきたんだ。どうか、普通の子供として育ててあげて欲しい」
兄さんは、子供以外の人が全員、人間とは違う何かに見えていたんだと思う。きっと僕のことも、子供としては見ながら、自分の嫌いなものに育って行くのだと、諦めて認めて悔しくて辛くてでもそれが正解と分かってて、僕を大人に預けようとしたんだろうな、って。
兄さんは優しくなくて怖くて辛くて、一人の人間でしかありませんでした。
子供の僕は、兄さんの傍に居たいと宣言するしかなかったんです。兄さんとテレビから学んだ声の使い方で。

「分け身たる僕は教主様の影です。ひとたび一つに重なった影を引き離すのは、あまりにも正しくないことです」
ここで間違えたことは自明の白、自白の血。辿々しくもならない齢四つの声は、きっと兄さんによく似ていた。
〝天人の会〟教主、森崎華司(モリサキカシ)。僕の従兄弟。兄さんと呼んでいた僕の声は兄さんに寄せて、寄せて、寄せて。兄さんを真似する頭を兄さんに近付けて、近付けて、近付けて。
新しく貰った名前は、兄さんの影という意味。僕が兄さんのようにならないようにら父さんも母さんもきっときっと一生懸命考えたんだろうけれど。
兄さんにあまりにも似過ぎた僕を、父さんも母さんも許せなかったんだと思う。優しい優しい兄さんが救い続けて分け続けて苦しんで悩んで辛くなって挫ける前に立ち上がったことが。そんな大切な一歩が、僕の家の、僕の血族の誰もが許せなかったんだと理解出来た。
納得しないまま影になった。兄さんは僕は本当の影にしてくれた。
兄さんは本当に優しかったんだ。
僕の知っている人間は、兄さんだけ。

終わるのは一瞬だった。救われたい信者が、僕の父さんと母さんを殺してしまったんだ。兄さんはそれを救いと言われてしまえば何もかもを捨てて悩むほどに善人だった。
僕が代わった。人らしい意思を持たず生きた僕が初めて知った感情は快楽で、父母が死んだ傷みはなかった。
人間になって欲しかった兄さんが報われることはなかった。捕まった。教祖と、いつの間にか兄さんは自称していた。全ての責を負っていた。何もかもを知っているフリをしていた。
壊れてしまっていた。
全てが終結する頃には、僕には名前しか残っていなかった。違和感があると、反応が出来ないと言えば改名は素直に通った。
兄さんは全ての責を負って、救われたかった信者と共に地獄を選んだ。一人、独りだけの檻の中に入ったって手紙来て、それっきり。
俺は兄さんが望んだ人間を諦めて、感情を探す日々の、それだけ。

めでたし、めでたし。

666 (プロフ) [2021年7月17日 20時] 1番目の返信 スマホ [違反報告]
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