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狐憑 (プロフ) [2019年5月1日 7時] [固定リンク] スマホ [違反報告]

私は彼女を愛していた。
家の繁栄を願う為に用意された許嫁でも、例え彼女の想いが此方に向いていなかったとしても、私は彼女を何より誰より大切にしていた。
此齢になって恋に身を焦がすなんて、と笑われてしまうかもしれない。
若い時に周りと同じ様に色恋に身を焼いて一生を誓える相手でも居たら良かった。
そうすれば、彼女を満足させられる様な愛を詩えたかもしれない。
生憎、私は器用ではないし愉快な男でもないから思い出せる彼女との会話は恋人や婚約者と交わすものでは無く、仕事相手に対してと変わらなかったと思う。
其れでも彼女は、いつも楽しそうに笑っていた。其の儚く美しい姿を私は好いていた。
愛とは恋とは酷く厄介なものだ、自分が望む望まないに関わらず何をするにも彼女の顔が頭の中でチラつく。之ではまるで年頃の女子の様ではないか、と己に呆れた位だ。
そうして__そんな愚男の憐れな恋が打ち砕かれたのは六月も前の事だ。
彼女の家が大きな事業に失敗した。我が家や、其れ以外でも親しかった家が援助をしてやれば救う手立ては幾らでもあったかもしれない。
けれど、そんな不利益しか産まない危ない橋を渡る阿呆等居なかった。
私も、彼女の為に阿呆に成ることが出来なかった。
多大な借金を抱えた彼女の親は、闇市に最愛の娘を売り出すことで其れを返したらしい。
恐らく最善の決断だ。彼女や夫妻が望まぬとも其れ以上の方法は無かった。
神が其れを是だと云うならば、私達は従うしか無い。之で物語は始まることも無く終わる筈だった。
けれど、憐れな私は彼女を忘れることが出来なかった。
闇市を訪れ、人身売買に通じる犯罪者達に僅かばかしの金を与えれば直ぐに彼女の居場所は分かった。
"白髪の美しい女"彼女の麗しい姿に皆目を奪われるらしいが、其の値を聞いては溜息をついて去って行くらしい。
其の情報通り、実際に闇市で再会した彼女は窶れ汚れてはいたものの其の場に於いて異質な程に美しかった。
下劣な笑みを浮かべる商人が"彼処の女は徒花。貴族様は可哀想な女に興味がお在りですか"
其の物言いに多少の憤りを感じたが商人の言うことは間違いでは無い。彼女は不幸な徒花だ。
言い返す気力も湧かなかった私は、只黙って金を渡して彼女の枷を外させた。
「メアリー…」
半年ぶりに見る彼女の瞳には穏やかさも、優しさも残っては居ない。憎悪と嫌悪に満ちた瞳で此方を見る彼女に漸く私は声を掛けた。
「私は…君をどうにかして救いたかった。随分とこうして時間が掛かってしまったが…君を忘れられなかったんだ」
握った手に力が入る。
こんな時迄__、否こんな時だからこそ言葉が上手く出て来ない。
彼女が向ける視線の冷たさに私はきっと恐怖していた。

狐憑 (プロフ) [2019年5月1日 7時] 1番目の返信 スマホ [違反報告]
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