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666 (プロフ) [2019年2月26日 17時] [固定リンク] スマホ [違反報告]

不景気だ、と騒ぐ政治家が居る。何某が必要だ、と喧伝する会社がある。
海知はそれをどうでもいいと流していた。バイトをして、生活費を貯めて、時に街を変えて根無し草として生きていく。そうして来た先にあるのが今であって、それ以上はもう、ない。
とんとんと階段を上っていき、香ってきた家庭的な匂いに頬を緩ませる。どうやら、誰かが美味しそうな料理を作っているようだ。
「良い匂いだなぁ」
微笑ましい、と内心呟きながら鍵を出し、自分の部屋の前まで行く。と、香りの元が隣の部屋であることに気が付いた。
幸せな人が近くにいるならそれでいい、と満足そうに頷き、部屋に入る。……と、扉が開く音が耳に付いた。思わず振り返る。
「あ。」と自分を見て声を上げた少女に首を傾げる。頭一つ分ほど低い背に合わせて、僅かに首を下げて目を合わせた。……と言っても糸目だが。
「こんにちは」
まずは挨拶、と声を掛けて、海知は少女の出方を伺った。というか、手元の鍋が気になる。

666 (プロフ) [2019年8月17日 14時] 1番目の返信 スマホ [違反報告]

「こ、こんにちは。」と硬い声音の返事しか出来ない己の性分が憎たらしい。心なしか鍋を持つ手や腕、頬の体温が上がった気さえする。元々あがり症で人見知りのする末っ子気質の私からすればこれ以上ないくらいの試練になった。
(どどど、どうしようっ……。鉢合わせするなんて聞いてないよっ……!)
思ったよりお隣さんは若くて、うちの兄ちゃん二人と同い年くらい。優しい顔付きに声音で挨拶さえしてくれたのに、怖い要素なんてないのに。
もしもチャイムを鳴らして居ないようなら、メモを添えて鍋を置けばそれで終わってた、なのに。
これがかの部長なら、朗らかに笑って挨拶なり距離を詰めて世間話なり出来たと比べてしまう。
もし、一番上のお姉ちゃんなら、二人の兄ちゃんなら、父さんなら、母さんなら。
そんな事が一瞬の巡回の内に、考える内にポンコツ脳のキャパを越える。考えるのすら億劫になって行動に移す。
えい、ままよ!となけなしの勇気を出して、話し掛ける。
「あのっ、お裾分けの肉じゃがです、受け取って下さいっ。」
そう言って、鍋を差し出せばカランと鍋の蓋がズレて中身と醤油とみりん、砂糖による家庭の香りが鼻を擽る。
砂糖の甘さが控えめで、お肉とじゃがいもと人参の自然な甘味が強い、少し強火にかけすぎてじゃがいもがほんのすこし溶けて、それさえも味がある姫尾家の肉じゃが。
ちょっと醤油が濃いめだけど、ご飯のお供としては丁度良い。
……もし、芋のアレルギーとかあるなら、どうしよう。
恐る恐る顔を見上げれば、さっきより口元が上がって笑ってるように見えた、気がした。

飴ん子 (プロフ) [2019年8月17日 15時] 2番目の返信 スマホ [違反報告]

おすそわけ。お裾分け。
上がり症気味らしい彼女からやけっぱち気味に言われたその言葉を飲み込むのに、海知はいつもよりも時間を掛けた気がする。それから脳内で辞書を引き直して、鼻を擽る美味しそうな肉じゃがの香りを吸い込んで、お裾分け? とオウム返しに呟いた。
……年甲斐もなく口角が緩んでしまった自覚がある。
「肉じゃが、好きなんだ。嬉しいなぁ……ありがとう、姫尾さん」
ありがたくいただきます、と笑えば差し出された鍋を受け取り、これはご飯を炊かないとな、と思わず呟いた。見て、鼻で匂いを嗅いで、そこにある優しい温もりに心がほかほかとする。
親と早くに死別した海知にとって、このような家庭料理は本当に得がたいものだ。嬉しい、ともう一度呟いてキラキラと表情を輝かせる。
「あ、そうだ。僕、海知って言います。ありがとう、鍋は明日洗って、返すね」
今週中にはお菓子を作ってお裾分けするね、と笑って海知は頷いた。

666 (プロフ) [2019年8月17日 16時] 3番目の返信 スマホ [違反報告]

今週中にはお菓子を作ってお裾分けするね、と微笑む顔は喜びが隠せない雰囲気で、マンガのキラキラしてるエフェクトが出てきそうだ。
このまま、扉の先に帰りそうになるお隣さんを呼び止めるように名乗る。まだ伝えたい事があったんだ。
「わ、わたしは小春、ですっ。海知お兄さん、あと母から伝言で__」
そもそも、このお裾分けには経緯がある。
先日、お母さんがマンションの自転車置き場で大量の荷物を抱えた際に、ぎっくり腰をやってしまった、そんな時お兄さんが助けてくれたそうだ。
女性とは言え40代の主婦をおぶるのは何気に力が要るし、食品が中心の大きな買い物袋まで運んだなら、炎天下の重労働だ。
お母さんは申し訳ない思いで謝ったらしいけど、お兄さんは「そんなに謝らないで下さい。」と笑うだけだった。
その時、お兄さんがお隣さんで一人暮らしをしてるとは知っていたからお母さんはお節介ながらも助けたかったらしい。
お兄さんのご両親が何処で何をしているか分からないけど、心細くなったり哀愁……というか
「『先日、ぎっくり腰の時は助けてくれてありがとう。昔は助け合うのが当たり前だったけどここまで親身になってくれた若者は居ない。
だから何かあったら、私達に頼りなさい。
おばさん、全力で助けてあげるんだから。』だそうです。」
改めて、母を助けてくれてありがとうございます。私も母と同じように、力になりたいです困ったことがあったら、いつでも言ってください。
そう付け足すように添えるとなんとなく気恥ずかしくなって、手持ち無沙汰な片手でいつも癖で横髪を弄る。……ちょっとお節介だったかも知れない。

飴ん子 (プロフ) [2019年8月17日 18時] 4番目の返信 スマホ [違反報告]

思わず薄目を開けて、小春と名乗った少女をまじまじと見詰める。それから晒していた金色を瞼の奥にしまい直して、なるほどね、と苦笑した。いや、悪感情からではない。今の今までそんなことをした、ということを忘れていたのだ。
優しい人間は善行を施したとしても一々それを覚えていない。優しい人間にとってはそれは当然のことで、いつでも似たようなことを他者にするからだ。……そんな言葉がある。海知はそれにもろに当て嵌まるような青年で、己の力が並よりあるということもあり、人助けというものを一々覚えているだけの狭量さがなかった。
言われて初めて思い出す。なるほど確かに、そんな手助けをしたことがあった、と。そして姫尾家の母親さんは考えたのだろう、と海知は胸の内で呟く。一人暮らしで苦労しているだろう海知に、何か手助けをしてやりたい、と。
「……最近、そういうことを言ってくれる人も減ってますよね、と返しておいて貰えるかな」
とても嬉しいよ、本当に。
そう言葉を重ねて、海知は渡された鍋を持ち直した。それからまた口角を緩める。
「遠慮なく頼らせてもらうね。その代わり、小春ちゃんも、小春ちゃんの家族も、何か困ったことがあったら僕に頼ってね。こう見えて、力には自信があるから」
いつでも人は助け合いで生きてきてるんだ。僕らもそうしよう、と笑って海知は今度こそ扉の奥に入る。またね、と口にして、扉を閉めた。

666 (プロフ) [2019年8月17日 19時] 5番目の返信 スマホ [違反報告]

閉められる扉に滑り込むよう「また、あした!」と投げ掛ける。キィと鳴き声をあげる扉はパタリと閉まるのを見届けてから、一息付いた。……激しい心拍数と体温が下がった気がする。
同時に胸にじんわりと広がる達成感とこれからの人間関係を思って笑顔が零れる。それと胸の内の独白も。
薄く見えた琥珀色は綺麗だったな。
肉じゃが、気に入ってくれるといいな。
明日鍋を届けに来るときに、どんなものがいいか聞いてみようかな。
……その時は、あの笑顔がまた見られればいいな。
「またあした、海知お兄さん。」
そんな言葉を扉に残して、帰るべき我が家へと戻るのだ。
海知お兄さん、嬉しそうだったよ。お母さんの伝言で、そういってくれる人も少なくなりましたよね、お互い助け合いましょう、って。
その晩、緩んだ笑顔で報告してきた娘に「おっ、もしかして小春は年上が好きなのか~!」と弄り倒す母親の姿に、内心、娘のチョロさに将来が心配になる父親。
そんなんじゃないから!とムキになり頬をリスのように膨らませて否定する末っ子の娘の姿があったそう。
そして、その一家団欒の食卓にはじゃがいもが少し溶けた肉じゃが、その三人分があった。

飴ん子 (プロフ) [2019年8月17日 20時] 6番目の返信 スマホ [違反報告]

奮発して買った最新式の炊飯器はふっくらしっとりした白米を見事に炊き上げた。どうせ炊くなら何日分か溜めておこう、と量を作ったせいだろう。つやつやとした白米の山は湯気が立っていると言うことだけではないような幸福感を海知に齎していた。
自分が食べる分を椀によそい、残りをタッパーに詰めると同時並行で作っていた味噌汁を椀に入れて、机の上に簡素ながら幸せたっぷりの食卓を作っていた。
一人の椅子を引き、腰を下ろし、箸を置くと手を合わせる。
「いただきます」
からん、と鳴った食器の音が耳に快い。
お裾分けしてもらった肉じゃがをぱくりと一口口にして、じわりと染みた味に顔を綻ばせる。甘すぎず、少し濃い味。ご飯と一緒に食べるのが多分、一番美味しい。
味噌汁を喉に流し込み、混ぜた味噌の味ににこにこと笑う。幸せな食卓だ。こういう食事が、一番心を温めてくれる。
「ごちそうさまでした」
さて、残った肉じゃがは明日の朝食にして、鍋を返すのは夕方で良いだろう。そしてお返しに作るのは何にするか……。
そんなことを考えながら、海知一人の夜は更けていく。

666 (プロフ) [2019年8月18日 7時] 7番目の返信 スマホ [違反報告]

茜色、それも丁寧に、時間を掛けて塗り重ねたキャンパスに淡い紺紫色を溢すような、そんな一幕。
思わず階段を昇る足を止めて、わぁ。なんて感嘆を独りでに吐く。
電柱も戸建ての家もちょっと高めなビルも、蝉がしがみついている木さえもシルエットだけを残して、一幕の舞台装置に成って……いつもとは別の側面さえ覗かせる。
パンザマストがキャンパスに溶けるように響くさまは何処と無く、切なくて……こういうのをノスタルジック、なんて言うんだっけ。
この絵画を撮りたいと、コンビニ袋を下げてない片手でスマホを取り出す。けど、なんでか、感動が薄れる気がして。何事もなかったように元にあった右ポッケにするりと、滑らせるように手放して、一段一段を踏みしめるように昇る。
_人生は別れ道ではなく、階段。
そう、顧問の先生。今日の部活の集まり__といっても先輩と(先輩が連れてきた)幽霊部員の蛸瀬くんとお喋りしたり、おやつを食べたりして過ごしたのは蛇足だけど__
赤羽先生が持論として唱えていた事が頭に過った。
曰く、『調子が良ければ二段飛ばし。悪ければ手摺に捕まって確実に一歩。疲れたら、踊り場で休憩やら鏡を通して己自身を見る。』
『共に寄り添って登ったり、道を違えてすれ違ったり、見下したり、見上げたり。』
『自分の意思でここが目的地と定めて一段ずつ踏み出す、それは間違いなく人の生。』だと。
私は難しくて、よく分からないけど……将来なんて深く考えてない。こんな風に精々下を向いて転ばないようにするので、精一杯だから。ただでさえ、一段ごとに歩むのに息が続かなくて苦しい。かといって成りたいものもない。
夢を捜すという建前で、私の気紛れで、誰かが悲しい思いをするなら、嫌だ。
__『なんで、お遊び半分のアンタが選ばれるの!? アタシは、これが最後だったのにっ……!』
爪先が痛い、土踏まずも、爪も、足の甲も、そして何より、軋む心臓が。そんな既視感に苛まれる。中途半端に温い風も置き去りにして。
あの時の罵声が今でも鼓膜にこびりついて、忘れられない。
振り払うように、速度を上げれば階段の終わり。帰るべき我が家の入り口が見えて、小走りで駆け寄ると、もう罵声は聞こえない。
安堵の息を吐きながら、607号室の鍵を取り出せば、すぐ近くでカチャンと軽い解錠の音。
もしかして、と横を向けば、深緑の扉が開いて黒のスリッパに少し日に焼けた足が見えた。
見慣れた鍋を抱えながら、ラフな部屋着さえもさまになる、微笑を湛えるお隣さんの姿があった。

飴ん子 (プロフ) [2019年8月19日 13時] 8番目の返信 スマホ [違反報告]

耳に、人が上る足音が届いていた。窓から夕焼けを見遣る。よく晴れている。心に風が通るような心地。
どうしてだろう、と泣いたことがあって、理解できない理不尽に首を振ったことがあった。認められない。認められない。こんなもの、認められない。
「……明日は、大丈夫さ」
首を振って、幻聴を掻き消した。明日は晴れると聞いている。明日は曇らないと聞いている。なら、大丈夫だ。海知が嫌なのは、ただ雨を堪えてのし掛かるような曇天だけだから。
踏みしめるように上ってくる足音に何故か意識を向けながら、海知は洗い終えた鍋を腕に抱えた。靴に履き替えようかと考え、いや裸足でもスリッパでも良いか、と考えた。
取り敢えず、鍵を開ける。
「……あれ」
弾んだ息と、少し悲壮を感じさせる気配。鼻につく荒い息の香り。湿る息の中に、ほんの少しだけ、苦しそうなものを感じ取った。
「こんにちは」
けれど、そこに海知が触れる必要はない。微笑を浮かべて、スリッパをサンダルに替えるととんとん、とつま先で地面を蹴り、挨拶をした。
階段は膝に負担が掛かるからトレーニングには向かないよ、と見当違いのアドバイスをしておいて、夕焼けのせいでぬるくなった風から彼女を庇ってやった。立ち位置を風上にする。
ああ、服装はおかしくないだろうか。そんなことをふと考えて、笑ってしまう。いつも着装は整えているのだから、今それを気にする必要はない。必要なのは多分、本題だ。彼女に余計なことを考える暇を与えてしまうのは、可哀想で。
「世間話、しよっか」
昨日の肉じゃが美味しかったよ、ごちそうさま。鍋を見せ、もう一度柔らかく微笑む。
さて、少しは意識が逸れてくれると良いのだけれど。

666 (プロフ) [2019年8月19日 15時] 9番目の返信 スマホ [違反報告]

「それなら、良かったです。」と鍋を受け取れば、優しい雰囲気と裏腹に結構筋肉が付いていて、吃驚した。
「いま、家にじゃがいもの三箱があるので……あと二箱あるんです。だから、また近い内に」
消費するのが大変で、でも発芽すると勿体無いですし。そういうと少しだけ不思議そうにするから、付け足す。
「うちの兄二人が……いま、北海道の農業高校に入っているもので、時々送ってくるんですよ。『じゃがいもなら腐る程あるから』って。」
腕に鍋を抱えて、ほら、と右ポッケに仕舞い込んでいたスマホを起動させる、LINEのトークを開く。【春と秋】と三人分のアイコンと【こはる】【秋斗(弟)】【あきらくん@受験頑張るゾ】
アルバムをタップして、流れるようにスワイプすれば、つなぎを着込んだ、鏡合わせの双子。
牛の毛並みを整えてる秋斗にぃ。脱走した豚を確保しようとして盛大に転けた秋羅にぃ。
自分達の手で収穫した野菜を段ボール詰めにしている二人。
機嫌の悪い馬に蹴られそうになって、目を真ん丸にして回避した秋斗にぃとそれに爆笑していたけど牛の尻尾が顔に当たった秋羅にぃ。
じゃがいもを両手に抱えて変顔をかましている写真は、不意打ち過ぎて焦ったけど、海知お兄さんは噴き出すことなく見てる、けど一瞬、肩が震えた、ように見えた。
……いつの間にか、普通に笑えるようになって気持ちが楽になった気がする。
「まだまだ、じゃがいもは沢山あるので、お裾分けは気にしないで受け取って下さい。」
寧ろ、こちらが助かるので。
そう言うと、そっか。とポツリ。
「はい、じゃがいもばかりで申し訳ないですけど、ちょっと工夫したりしますのでっ!
あっ、海知お兄さんはチーズ、食べれますか?今度はじゃがいもとベーコンのチーズ焼きにしようと思ってて……。」
ニコニコと微笑ましいと言わんばかりの表情で、昼より多少温くなった分悪戯な風が黒蜜みたいな髪を直すように撫で付けて。
__さっきは気付かなかったけど、風から守ってくれてるんだ。
そう思うとじんわりと暖かい感情が胸を占めて、笑顔になる。少しずつ深くなる夕闇に反して、拭い取ったように気持ちは明るかった。

飴ん子 (プロフ) [2019年8月20日 11時] 10番目の返信 スマホ [違反報告]
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