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紫淋は既に三人ほど狙撃者を伸していたが、まだ数がいるらしい。首を巡らすと、不意に首筋に衝撃が走る。「かはっ……」首の肉を抉られ、衝撃で上手く息ができない。かといって、止血する暇を相手が与えてくれるわけでもない。大丈夫、耐えるのには慣れている。紫淋はよろよろと、次第にしっかりした足取りで進んだ。奪ったナイフを何本か、自分を撃ってきた狙撃者に投げる。狙撃者を壁に縫い付けたのを見計らい、奪った拳銃で撃つ。
突然、東暁がその場に崩れた。紫淋に気を取られたその一瞬に、足を撃ち抜かれたらしい。僅かに驚いた顔をするが、東暁とて無駄に軍人をしていない。撃たれたことを感じない早さで体勢を立て直し、狙撃者の方へ向けて一発、放った。届いていないことを見ると、直ぐ様駆け出したが。
「っ、あきさんっ!」紫淋が叫び、そちらに駆け出そうとするが、遅い。東暁はもう一方の足を撃ち抜かれる。紫淋はまとわりついてくる兵士を振り払い、東暁の方へ向かう。
「来るなっ!!」血を吐くような表情でそう叫ぶと無理矢理立ち上がり、東暁は自分を囲む敵を自分と同じように足を撃ち抜き、そして障害物を利用できる場所を目指して転がった。近くにいた狙撃兵を銃のグリップで殴って気絶させるとナイフを奪い、今度はナイフを構えて睨み据えた。
まとわりついてくる兵士を無我夢中で殴り倒し、来るなという東暁の警告も無視して向かう。しかし敵もそう簡単に逃亡を許してはくれない。紫淋は両手で左右の兵士の胸ぐらを掴み、力任せにがつんと二人の兵士の頭と頭をぶつけさせた。その隙に距離を置こうと背を向けた兵士の襟首を思い切り引っ張る。すると兵士はぐげ、と蛙のような声を出し、咳き込む。それを背負い投げのように掲げ、頭から地面に突き落とした。その衝撃か、首からの出血がひどくなる。「げほっ……あき、さん……っ!」それでも尚、紫淋は進んだ。
「紫淋……っ」苦しげに唸ると駆け出し、東暁は紫淋を助けようとでも思ったのか敵の輪の中に飛び込んだ。返り血を浴びて、そして自分の血に塗れて。服を赤に染めた状態で東暁は命を縮めるであろう事実を無視して駆けた。自分を囲む敵を、悉く斬り殺していく。
「ぐ……」刻み、刻まれていく東暁の姿に顔を歪める。紫淋はぐらりと視界が揺らぐのに耐え、必死で、東暁に取りつく者たちを後ろから襲撃した。あっさりと失われていく命を掻き分けて、紫淋は東暁の元に辿り着く。その視界の片隅には、いつの間にか呼ばれたらしい増援。血塗れの東暁をぎゅ、と固く抱きしめると、胸に決意を一つ、紫淋は東暁の耳元に口を寄せた。「……ごめんなさい」
「しり、ん……」東暁は何をするつもりだ、とは口にしなかった。それを言ってしまえば取り返しがつかなくなる、とでも考えたのか。力の入らなくなってきた体を無理に律し、ただ敵をころすためだけにナイフを構え直す。
そんな東暁を切なげに見つめ、それから背を向けた。両手を上げて増援の方にじり、と歩み寄る。「投降します」きっぱりと紫淋は告げた。
東暁は目を見開き、紫淋を引き留めようと大地に手を付く。だが驚愕により張っていた緊張が途切れてしまったのか……すぐに、倒れ伏した。「だめ、しり……」
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