黒百合(日暮)さん用
神社に住む子ども、しょーじのモットーは「みんなと仲良く」である。その「みんな」に該当するのは共に社を建てた子どもである兄姉たちはもちろんのこと、神である心鍵も含まれる。それにその中にはなんとも珍妙なことに──「りんたん」一体きりの狛犬の傍に佇む人影に、しょーじは声をかける。「今日はいい天気だよー」のんびりと天気を教える声にゆらりと黒い人影が反応する。それは消えた狛犬の片割れが宿る人形だ。──そう、しょーじの「みんな」には狛犬という異形すらも含まれているのだ。
「りんたんは全然動じないね。ぼくが嘘ついてるとか思わないの?」例えば、今日は本当は曇りかもしれない。もしくは篠突くようなどしゃ降りの雨かもしれない。どれだけ偽っても、りんたんこと黒百合にはわからないのである。だから、しょーじが子どもらしい悪戯心で騙すかもしれないというのに、この狛犬は無条件に言葉を受け入れる。まあ、嘘など、ついていないのだが。
「……ぼくはまだまだ全然──だね」不自然に開いた間は何を言いたかったのか。「やー、にしてもりんたん、耳は聞こえるんだ」不思議だなぁ、とただ純粋な興味で呟いた。「喋れるしねー、歌とか知ってる? 何か」幼少の時分にここに来たっきりの知識である。本人は口に出して言うことはあまりないが、物事に対しては並々ならぬ好奇心を抱いているようだ。しかしきらきらと好奇の光に輝くべき瞳は開かれない。いつもいつもニコニコと笑うように糸目のままだ。まあ、目の見えないりんたんの知るところではないだろうが。
「そっかぁ。呪詛はやばいね」ニコニコと言った。本当にやばいと思っているのかどうかは表情からは窺えない。まあ、いつものことだが。しかし歌を知らずに呪詛を知っているあたりはさすがは狛犬といっていいのか……さすが狛犬と思うことにしよう。「名は体ってやつ? 黒百合だもんね。りんたん」「りんたん」というどこか力の抜ける名で呼ばれているが、元々は黒百合──呪いという言葉を持つ花の名だ。まあ、呪いという言葉ほどものものしい雰囲気を放つことはないが。
「先代?」聞き慣れない単語を興味深そうに反復する。しょーじの知る神はこの社に現在いる心鍵のみだ。他の神に関しては風の噂程度にしか聞いたことがない。故に興味を持った。「こかぎん以外にはどんな神様がいるんだろ」
「ほえー」聞いたことのあるような気のする名前で説明を受け、しょーじは終始関心深そうに聞き入っていた。「そういえばこかぎんって何の神様なんだろ? よく猫になったりするから猫の神様?」推測を口にしてみるとなんとも珍妙に響いた。
ユーザ登録画面に移動