孤児

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(出会い目的の書込は法律で罰せられます→ルール)

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天秤の世

666 (プロフ) [2020年2月11日 9時] [固定リンク] スマホ [違反報告・ブロック]

追想/8826902

666 (プロフ) [2020年2月11日 9時] 1番目の返信 スマホ [違反報告・ブロック]

先王が愚かであるほど、空位が長いほど、世は荒み理は傾く。多くは荒廃が極まる前に新たな王が立つものだが、時に、信じられないほど長く空位が続くこともある。
そして、彼の王は永い空位の時代に生まれた男だった。
「『勅令を以て命ず』、だぁ? 王は俺だろうが。命令の形式で従い方を変えるな、馬鹿め。学べ、手を貸せ、疑え。それが俺の命令だ。分かったならさっさと働け。受け入れろ。今すぐ招け。……なんのための不老だ?」

記録を紡ぐ者を尊重し、荒れ果てた世を治めるための慌ただしい時間の中から、彼はそう言って謁見の時間を捻出した。誰も強制せず、むしろ止めたというのに。
だが、彼の返答は断としていた。
「永い命があろうが、虚けめ」
……呆れたものである。

王に従う官は、不老長寿である王に合わせ、王と同じだけの年月を生きられる必要がある。つまりは理から外れる必要が生じ、施されるのが不老の術。当時は前例が少なかったが、王に乞い数代に渡って政を支えた官も居た。また、官を抱えない王も、時には居た。
氷渡皇は、そんな慣例の中で旅人を官と同じ待遇で重用することを命じた、初めての王だった。
「伝承を読め。王は明らかに斃れる。どんな賢王だろうが、それは決まっておる。……官もだ。王や選定者が望まないのなら、後世に残すことが出来ん。後世に残るという保証がなかろう! その点、旅人はどうだ? ……研究者気質の者も多く、自ら寿命を捨てた者たちだ。王に従うことを明言する官より、余程信が置けよう」
そう言い放てるからこそ、政よりも記録や、知識の補充に力を入れたのかもしれない。

氷渡皇は、旅人を時に選定者よりも重用した。

「“王”に如何ほどの価値がある。ただ世界を維持するためのシステムだろう? 所詮、この世が終われば潰えるもの。この俺の命が失われれば、消えるもの。浪費されるものだ」

伝える者が居なければ功績も重みがない。
伝えるものがなければそれに習うことも出来ない。
氷渡皇は、確かに賢かった。
だから、かつての王たちが揃えた保管庫の本に書き加えたのだ。
──これより先、旅人を軽んずることを禁ず。
──これより先、必ず一人は官を後世に残せ。
──選定者とは、王を選ぶだけの存在ではない。

この世界は酷吏が少ない。そうだろう?
同時に能吏も、彼の王が立つ以前までは少なかった。
氷渡皇は知を字にしたためた。知識を地に降ろした。後世に残した。
だから、歴代王の中でも名が上がるのだ。書面として代表されるのは、旅人の保護だけれど。
「だから俺は、旅人から選定者に成ったんだ」
「……なるほど」
今は、王が居なくとも官が居る。かつての賢い人達が残した、確かな者たちが。

666 (プロフ) [2020年2月11日 10時] 2番目の返信 スマホ [違反報告・ブロック]

幽世学園

666 (プロフ) [2020年1月9日 15時] [固定リンク] スマホ [違反報告・ブロック]

「先生、どうして先生はここに留まってるんですか?」
他意のない問いに溜め息を吐いて、樹は眠い目を擦る。思考する余裕があまりないのに、と思うも寝起きなだけだ。話していれば本調子になる。
指を挟んでいた本の間へ、栞を代わりに入れておく。それから本の表紙の上で少しだけ指を遊ばせて、体を起こした。
日向の香り。翳ることの少ないこの場所は、相変わらず不自然極まりない。
「……俺は死んだ自覚がある。死ぬ瞬間の記憶は無いが、な」
「それが理由なんですか?」
「そういうことにしとけ」
度の入っていないレンズ越しの視線。目を合わせないように、というような意図は特にないけれど、前髪を軽く掻き混ぜた。
目を合わせることは条件でない。分かっている。けれど、そういう気分にならない。
「……先生は、どうして死んだんですか」
「さあ。……焼死か、窒息死か、あと可能性としてはショック死か……ないとは思うが、それでも失血死、餓死の可能性も捨てきることは出来ないな」
人間は案外しぶとい、と呟けば、少し眉を寄せた後に彼は口を開く。慎重に。
焼死ですね?
それで良いんじゃないか?
きゅ、と結ばれた口元がなんとなく悲しそうで、すっかり慣れてしまった偏頭痛をわざと気にする振りをした。
学園に留まる理由なんて、在るようでないものだ。かれこれ十年。弟が死んだと知って、早八年。あの青年が弟の復讐を果たしたと知って、早四年。
心残りなんてない。在るわけがない。だって、弟は死んだのだ。もう死んでいる樹に復讐は出来ないのだ。
未練はない。在るはずない。
……医者を志すほどの芯があったあの少年が手を汚すような必要があったかは、未だに引っ掛かっているけれど。
古株と呼ばれるようになった滞在期間。学園に来た当初教師をしていた者の大半は、いつの間にか……入れ替わるように居なくなっていた。そしてあっという間に顔触れが入れ替わって。
かつてを知るのはもう数人で、荒れていた樹を抑えてくれていた同期生も、今は居ない。
「先生の異能は、なんですか?」
「操作だよ。……見境なしの」
思考を逸らす。彼の異能から逃れるように。
閉じることが出来るのか?
知らない。けれど、抗うことは時に可能だ。精神感応系は特に。
「氷雪系……?」
「残念。温度そのものだ」
失敗したみたいです、と苦笑した彼の頭を撫でておく。それから、改めて彼に目線を向けた。
「並行した思考を選んで読み取れるようになれば、まあ使い熟せたことになるだろう。……過去の読み取り、真偽判断、思考内容選別……まあ、今のところ及第点だ」
「ありがとうございます」
パーソナルデータを交換できれば加減して送受信出来る技能。もとい、異能。暴走すれば距離で強制的に発動する。
今は、落ち着いているけれど。……記憶喪失だと言っていた彼が失っていた記憶を取り戻したときに、落ち着いたままで居られるのだろうか?
それが心配なような気がして、まあそれも他人事か、と俯瞰する自分もいる。
熱血と呼ばれる分類にないことは自覚していた。とうの昔に。それでも人を馬鹿にするのは得意じゃなかった。昔から。
共感する力もあった。馬鹿じゃなかった。だから、今も決めかねているのだろう。
「……待っているんですか? 誰を……」
「……聞いてどうするんだ。お前にゃ関係ない、俺個人の人間関係だぜ?」
ニヒルに笑えば、まぁ、心優しい彼は何も言えなくなるだろう。人間ではない故に、人間を愛すが故に、その心の何処かに無言の権利を挟んでいるから。

今頃、樹の年齢をとうに超えてしまったあの青年は……どうしているのだろうか。

666 (プロフ) [2020年1月9日 16時] 1番目の返信 スマホ [違反報告・ブロック]

蓮×海知

666 (プロフ) [2019年10月31日 6時] [固定リンク] スマホ [違反報告・ブロック]

-fin

666 (プロフ) [2019年12月23日 15時] 15番目の返信 スマホ [違反報告・ブロック]

666 (プロフ) [2019年12月23日 15時] 16番目の返信 PCから [違反報告・ブロック]

666 (プロフ) [2019年12月23日 15時] 17番目の返信 PCから [違反報告・ブロック]

666 (プロフ) [2019年12月23日 15時] 18番目の返信 PCから [違反報告・ブロック]

666 (プロフ) [2019年12月23日 15時] 19番目の返信 PCから [違反報告・ブロック]

死者殺し

666 (プロフ) [2019年9月11日 22時] [固定リンク] スマホ [違反報告・ブロック]

……ジンくんか。
うん、そうだね。俺もそろそろ君と話をしたいと思ってたんだ。ちょうど良かった。
珈琲をお伴にしようか? ……それとも、ココア?
ああ、警戒しないで。君のお姉さんの話、聞きたいんだろう? だから俺を警戒もしたし、威嚇もしたし、そして、こうして歩み寄っても来た。……間違ってないだろう。
……そうだね。どこから話そうかな。少し待ってね、ゆっくりでも構わないだろう? 俺にも、君にも、時間はあって、ないんだから。……うん。そうさ、そうだね。
まずはここから行こう。
俺は殺人犯だ。だから君のその罪を咎めるつもりはない。……そんなに血の香りを纏っておきながら俺が分からないと思っていたなら、それはあまりに楽観的過ぎるよ。
……うん、そっか。まあ君は若いし、半分でも予測出来ていたんなら良いか。
……君のお姉さんと、俺は、先輩、後輩の関係だったんだ。ああ、俺の方が先輩ね。君の知っているだろう通り、彼女は正義感の強い、まっすぐな人だった。だからかな。搦め手も使えるように、と俺と組むことになったんだ。
うん? 俺がどこの部署にいたか? ……ああそうか、強行犯係にいたことしかまだ話してないもんね。
俺は、うん、元は第二課に居て、そこから人員が足りないって事で刑事部強行犯係……いわゆる第一課に異動。そこからさらに警備部銃器対策部隊に異動になったんだ。珍しいデショ。
あ、ごめん。銃器対策部隊と言われても分からないかな? そうだなあ……警察官には拳銃が貸与されている。それは分かるね? それ以外の銃、法定上の特殊銃を扱うのが銃器対策部隊だ。……勿論、簡略化した説明だから正しいかと言われたら頷けないけど。
テロリストへの対抗、ハイジャック、立て籠もりへの対応、もしくは特殊部隊SATが来るまでの時間稼ぎ……冗談だよ。初動対応を行う部隊だね。少数精鋭で人数は少ないけど、その分仕事は難しい。頭も使うし、銃を使う以上集中力も必要だ。
ああ。勿論、責務も重いよ。でもそれが俺にはちょうど良かった。
……ダメだね。話が逸れていく。やっぱりそれは、俺があの時のことを思い出したくないから……なんだろう。そうだろうね。そのせいで、俺は今もこんなに迷ってる。俺は銃を長く手放せない。身に着けるなり、部屋に置いておくなりしていないと辛い。
それもこれも全部、あの一ヶ月のせいさ。君のお姉さんを含め第一課の人間が何人も偶然を装って同時期に殺された、あの一ヶ月のせい。
……俺はあの時、殺される筈だったんだよ。それが、第二課に居た頃の勘のお陰で助かった。まあそれを幸運と言って良いのか、それはもう分からないけどね。
俺が二課から一課に異動したのは、汚職塗れの上が癒着の露見を避けたせいだったんだよ。俺と同じように異動させられていた人間は、ほぼ全員が殺された。君のお姉さんも、本来二課に配属されるべき人間だったのが一課に配属された。それは単に始末するためだけのことで。
俺が生き残ったのは、殺されそうになったところを二課での相棒だった奴に助けられたから。俺が今も生きているのは、アイツを殺した奴を自分で殺 すことが出来たから。
俺は拳銃をトラウマのトリガーにしている。けれど同時に手放すことをもトラウマにしている。全部全部、アイツらのせいさ。
ああそうだよ、俺は君の犯罪を容認した。一課に居て、君の犯罪を担当していたのは俺だ。異動届を出すまでに君の罪の証拠を多少なりとも誤魔化していたのは俺なんだよ。俺は警察官として失格なのかもな。でも、それが俺にとっての最善手段だった。
俺は合理主義思考が強い。だから、逆に言えば君が俺の意思に沿わなければ排除することだって考えてたんだ。でもそうじゃなかった。君が彼女の弟だと分かったから。
……ダメだ。もう時間切れだ。
ご免よ、また後で、時間をとろうね。

「ああレンくん。眠れない? そっか、ならケイさんが、眠れるまで傍に居てあげるよ」

甘く見えた? それは重畳、だね。

666 (プロフ) [2019年10月31日 22時] 4番目の返信 スマホ [違反報告・ブロック]

――ボクの話を聞きたいだなんて、レンくんも物好きだね。どうせ、ボクが遠回しに話してしまえば……君には分からないことの方が多くなるっていうのに。
うん。でも、まぁ、いいよ。聞きたいと思ったなら、問い質すのが正解だ。君は間違ってない。何一つ。
……何を話そうね。あぁ、でも、そうだな。君に、ボクの汚い所は……知られたくないな。ごめんよ。恣意的に選ばせてもらうね。

ボクは、膝を壊した。18の時の話だ。今から……8年位前の話かな? うん、今僕は26だから、そのくらいの話だね。まぁ、そんなことはいい。終わったことだしね。
そうだなぁ、今から話すのは……うん、医学部に入ってからの話だ。あ、医学部ってわかるかな? ……そうだね。医者になるために通う学校だ。ボクはそこに通っている。
一浪して医学部に入ったボクを待っていたのは、無関心、無関心、競争、それから羨望。そういう負の感情の嵐だった。
「一浪で入学できた」ということ自体がそもそも珍しいことだったし、実はボク、高校時代はちょっと名の売れた学生だったからね。……普通よりやっかみは凄かったんだ。「どうしてお前のような奴が、こんな学校に、一浪だけで入学できたんだ」、と。
……ああ、コウさんから聞いたのか。そうだよ、僕は、バスケットボールの選手だった。ああそうさ、IHであの高校をベスト4まで導いたのは僕だ。周りを支えたのだって僕だ。練習から手を抜いたことだってないし、エースでいるために、頑張って、手を抜いたことだって……っ。
……ううん、ごめんよ。レンくん、謝らないでね。
まぁ、だから、そういうことで名前が売れていたボクは、スポーツ推薦なりなんなりでバスケが強い大学に行くだろうと思われていたんだ。それが、どうしてか医大に進んだ。しかも浪人は一年間のみ。まぁ、妬むなという方が無理だよね……。

最初は、席取りの妨害だった。そのくらいなら部屋に来る時間を早くすればいいだけだったから、ボクは何も言わなかった。
次は、あからさまな陰口だった。でもボクも自分について思っていたことばかりだったから、特に何も感じなかったな。
それから、レポートの邪魔だった。借りようとしていた本を目の前で掠め取られるようになったりしてね。まぁ、そのころにはオンラインでの貸し出し予約とかはあったし、問題なかったけど。
あとは、挑発だったかな? 高校でバスケをやっていたらしい何人かに勝負を挑まれたんだ。1on1……なんて言っても、レンくんには分からないよね。ボクの足では到底許容できないような運動をさせられそうになった、という風に思ってもらえばいいよ。まあ、その時は3ポイントシュート戦に持ち込んで、早めに切り上げさせてもらったけど。
うーんと、あと、一番最後のは……犯罪行為ギリギリだったかな。テストでのカンニング疑惑をかぶせようとしたり、レポートにコピペ疑惑掛けようとして来たり。
うん? 「暇な奴らなのだ」って? あははっ、そうかもね。でもね、一つ庇わせてもらえるとしたら、彼らには余裕がなかったんだ。もう留年を何回かしている人たちでね……順当に進学してきて、順当に単位を揃えようとしていたボクは、とても目障りで、心を軋ませるものだったんだと思うよ。……もちろん、だからといってあの行動は許容できる範囲を逸脱してはいたけどね……。
ああ、その後のことだね。
大丈夫、ボクの無実は無事に証明されたよ。この足だしね。それに、奨学生でもあったから「そんな馬鹿なことはしないだろう」というお墨付きを母校からももらえたし。うん。お咎めは一切なし。
ただ、一応の措置としてそれからしばらく教授陣からの目線は厳しかったかな? まぁ、そんな捻くれた性格でもないから、信用してもらうのにそう時間はかからなかったよ。

「お兄さんは、恨まないのだ?」
「恨むって……誰のことをだい?」
困ったように笑う廻智から、憐は困ったように目線をそらす。
司書である一ノ瀬から聞いた話から考えれば、いや、そうでなくとも今聞いた話から考えれば、廻智は人を恨んで然るべきなのに。当然なのに。
何も、廻智に非はなかったのに努力を否定されて、行動を阻害されて、それなのに?
憐には、分からない。もしかするとこれは「分からない方がいいこと」分類されるのだろうか。憐はそっと、螢の顔を脳裏に思い浮かべる。……後で、聞いてみよう。
「……満足したのだ。ありがとう、お兄さん」
「寝物語の代わりになったのなら、よかったよ」
良い夢を、と言われる。お兄さんも、と返した。
何の意味もない一幕だ。

666 (プロフ) [2019年11月18日 19時] 5番目の返信 PCから [違反報告・ブロック]

「貴方でなければ誰が殺したと言うんですか? 拳銃の扱いなんて貴方以外には分かるはずがない。拳銃なんて貴方以外に持てるわけがない!!!!」
糾弾される。糾弾している。その空気が、憐は嫌だった。
八条結、という人が居た。郵便局で働いている、と言っていた女性だった。憐は彼女から紙の匂いしかしないのが不思議で、けれど女性だからと声を掛けることには興味が持てなかった。
彼女は優しい人だったのだろうか?
もう死んでしまったから、それを確かめることは出来ない。確かめたいとも思わない。
憐は、自分を冷たい人間にする。そうしないと生きていけないから。
「刑事さんは拳銃なんて持っていない。何度も言っているだろう。それに、拳銃があったとしてもこんなタイミングで使うなんて愚を、刑事さんなら犯さないね。使うならルールが全て明らかになってからだ。……カイチくん。落ち着いてくれ」
「ふざけるなっ、ふざけるな、ふざけるなっっっ!!!! 貴方じゃないなら誰なんですか? 貴方以外に誰がいるんですか? レンくんにあんな、「役立たず」なんて評価をしておいて!!!! よくもまあそんなことを……! 白々しいにも程があるだろうが!!!!」
「夏目廻智!」
びくり、と廻智だけではなく、憐の肩まで跳ねた。廻智の名前をフルネームで、しかも、低く鋭い声で呼んだ螢の顔は、憐のいる場所からは見えない。けれど、尋常ではなく鋭いだろうと言うことは、そのことだけは、予想できた。
恐る恐る、憐は踵を返す。耳が良い憐には同じ空間の会話など、隠されたって聞こえてしまう。それなら防音設備がしっかりしている部屋に籠もった方が、きっと、心穏やかに居られる。
……聞きたくない。
でも、分かってる。
憐は足手纏いなのだ。螢は優しくしてくれる。廻智は穏やかに相手をしてくれる。けれどそれが、彼らの時間を食い潰していることくらい、本当は憐にも分かっている。
でも、そんなこと。廻智の口からも、螢の口からも、聞きたくは、なかった。
「俺だって、人間なんだよ」
低く、押し殺したような声があまりにも悲しそうで、憐は、思わず足を止めてしまった。それから、振り返る。……廻智と目が合う。
廻智はそこで初めて憐の存在に気付いたようで、あらゆる後悔と困惑をない交ぜにしたような顔をしていた。憐は、仕方がないから笑った。
螢が、苦しそうだ。廻智が、悲しそうだ。
それなら憐は、笑って、聞かなかったことにしてやるしかない。
大丈夫。父親にもしていたことだ。慣れているんだ。だから、大丈夫。
「れん、くん……」
「おじさんたち、お取り込み中だったのだろ? だから、僕は部屋に退散しておくのだぞ。用事が終わったらお知らせして欲しいな。ジュースが飲みたいんだぞー」
子供らしい顔を装って、笑う。大丈夫。憐は一般に言う、アダルトチルドレンだ。螢はともかく、廻智を誤魔化す程度の演技力はある。
聞こえなかったのかい、という掠れた声に、お兄さん声が小さいのだぞ、なんの話なのだ? と返してやった。螢の背中は動かない。だから、それを良いことに。
「あとね、お兄さん。……僕はね、おじさんが殺してないって、知ってるのだぞ」
え、と廻智から声が漏れる。ば、と螢が振り向いた。……感情の読めない瞳は怖い。けれど、それを否定することも出来ない。だって、憐は子供なのだもの。
でも、一つだけ、分かる。
耳が良いから、聞こえていた。知っていただけで、分からないけれど。
「おじさんからは、煙の匂いがしなかったし、血の匂いもしなかったのだぞ。それに、おじさんは、お風呂にも入ってない。だから違うのだ」
「それは……どういう……?」
困惑する廻智を押し留めて、螢は首を振った。君がそのことを話す必要はないんだ、と。
「んーん、僕は言うぞ。僕は鼻が良いのだ。嗅覚過敏なのだ。だから知ってるのだぞ。おじさんは、拳銃なんて使ってない。硝煙の香りはしなかった。血の匂いもしなかった。お風呂の、石鹸の香りもしなかった」
……そして、拳銃は駒崎と名乗った少年に渡していた。
勿論、最後のそれは、口にはしなかったけれど。
「お兄さんは頭を冷やすと良いのだ。……僕らはね、今、こんな風に言い争うべきじゃないのだぞ」
ごめん、という声が聞こえた。憐はそれに応えなかった。
もう一つ、ごめん、と言われた。憐はやはり、何も言わなかった。

666 (プロフ) [2019年11月19日 9時] 6番目の返信 スマホ [違反報告・ブロック]

「……」
押し黙る。口を開けない。
「……」
床を睨む。自分のことが嫌いになる。
「……」
役立たずだと、面と向かって言われた。分かっていたことだけれど、酷く苦しくなった。
「……ぅう……」
分かっている。憐は、幼い。アダルトチルドレンと呼ばれる子供であるけれど、早熟な子供であるけれど、それでも、頭が良いわけではない。知識があるわけではない。経験値が、高いわけではないのだ。
でも、でも、……やはり、面と向かって言われると、辛い。
「……レンくん」
ば、と顔を上げる。聞き慣れた声。見慣れた顔。でも、今は、嫌だった。
『レンくんにあんな、「役立たず」なんて評価をしておいて!!!! よくもまあそんなことを……!』
先日の、廻智の声が思い出される。
『俺だって、人間なんだよ』
苦しそうだったあの声が忘れられない。
「ぃ……今は、一人に、なりたいのだ……っ」
思わず拒んだ。けれど螢は苦く笑うばかりで、歩み寄ってくる。
膝をついた、彼の黄色い瞳と目が合う。思わず泣きそうになった。どうしてか、彼は優しい。懐かしいくらいに。
「……一回、外に行こうか」
抱き上げられて、連れられて。
螢が向かった先は、摩天楼。

666 (プロフ) [2019年11月19日 14時] 7番目の返信 スマホ [違反報告・ブロック]

「ぅ……」
ぽたぽたと流れる涙を、螢は階段を上りながら拭っていた。憐は、泣いている。
否定してやれない自分が嫌になる。螢は、冷たい人間だから。
「ここら辺で、良いかな」
踊り場に腰を下ろし、そのまま膝に憐を乗せた。きっと泣き顔は見られたくないだろうという配慮だ。
とは言っても、新条蒼から言われたあの言葉を否定することは、螢には出来ないことなのだけれど。
でも、それでも、あの時の言葉を聞いたのが自分で良かった、と螢は思う。
廻智であれば怒り狂って感情的になりかねない。憐にとって一番救われる言葉を掛けてやることは出来るだろうけれど、騒ぎに発展させかねない。他の大人では憐の望む言葉を掛けてやれるかと言われれば、否だ。また未成年組のことを考えてみても、経験が足りていない。憐を慰めてやるには、宥めてやるには、足りていない。圧倒的に。
「……レンくん」
だからと言って、憐を螢が慰めてやることも出来はしない。だって、蒼の言葉は間違ってはいないから。そう螢も認めているから。
ただ、螢と蒼が違うのは。
螢が子供に、現在の価値だけではなく未来の不確定的な価値を見ていること。だから未来を担うだろう子供への期待値は、蒼よりも高いのだ。
蒼は、自分が生きるために役に立つか立たないかで全てを判断している。記憶を取り戻した今となっては、きっとそれも当然のこと。
だから螢は、どちらに味方してやることも出来ない。出来るのは、隣に居てやること。
「……アオさんに言われたこと、分かってるのだ……おじさんだって、思ってたことなのだ……」
「……うん」
「だから、僕は、思われるくらいは、良いのだ。だって出来ること、ないもん。わたし、に、できるの、は……鼻と、耳を、つかう、くらいだ、から」
「うん」
「で、も、いわれる、のは、かなし、かった、いたい、から……っ」
「……そうだね」
そっと、螢は憐の頭を撫でる。腹に回してやった腕にぽたぽたと染みを作る、その柔らかな涙が悲しかった。
本当なら、螢が、螢のような大人こそが、彼女のような子供を守らなければいけないのに。
蒼も、廻智も、一ノ瀬も、近江も。
本質的には、他者を助けてやれるような人間ではない。だって、そもそも、自分自身を救ってやれていないから。
勿論螢だって自分を救ってやれているわけではないけれど、だからこそ、下手に手を出すわけではなく、ただ、傍に居るという選択が出来るのだ。
でも、もしかすると。螢よりも苦しんだ人間からすれば、この選択も、間違いだらけなのかもしれない。
でも、今、螢が選べるのは、この手法だけなのだ。だからもう、どうしようもない。
傷を舐め合いたいわけではない。助けてやれるわけではない。だから、せめて、自己解決の手伝いをしてやるだけ。
「……痛いね」
「うん……っ」
でもどうしようもないね、と言われて、こくりと憐は頷いた。分かってる、分かってる。分かっていること。だから逃げられない。逃げてはいけない。逃げたら、きっと、蒼に本気で排除されてしまう。螢も庇ってくれなくなる。
憐は子供だ。だから、弱い。
憐は子供だ。だから、その可能性を、殺してはいけない。
だからこうして、螢は見守ってくれている。
「生きないとね」
「うん……うん……っ!」
生きて、生きて、生き抜けば、それこそが価値の証明になる。
抱き締められるような気配。
「もう、これからは泣いちゃあいけないよ」
「うん、わか、てる、のだ……っ」
「……ごめんね」
うあぁ、と憐は嘆いた。
螢は少しだけ、悲しさを噛み締めていた。

666 (プロフ) [2019年11月19日 14時] 8番目の返信 スマホ [違反報告・ブロック]

慈恩、葦

666 (プロフ) [2019年6月24日 21時] [固定リンク] スマホ [違反報告・ブロック]

-fin

666 (プロフ) [2019年7月25日 5時] 5番目の返信 スマホ [違反報告・ブロック]

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666 (プロフ) [2019年7月25日 5時] 7番目の返信 PCから [違反報告・ブロック]

666 (プロフ) [2019年7月25日 5時] 8番目の返信 PCから [違反報告・ブロック]

666 (プロフ) [2019年7月25日 5時] 9番目の返信 PCから [違反報告・ブロック]

【verファンタジー】海知、迅

666 (プロフ) [2019年6月23日 11時] [固定リンク] スマホ [違反報告・ブロック]

-fin

666 (プロフ) [2019年6月24日 16時] 6番目の返信 スマホ [違反報告・ブロック]

666 (プロフ) [2019年6月24日 16時] 7番目の返信 PCから [違反報告・ブロック]

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666 (プロフ) [2019年6月24日 16時] 10番目の返信 PCから [違反報告・ブロック]

東暁*幸葵

666 (プロフ) [2019年6月3日 21時] [固定リンク] スマホ [違反報告・ブロック]

-fin

666 (プロフ) [2019年6月22日 8時] 9番目の返信 スマホ [違反報告・ブロック]

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ベイルvs西良

666 (プロフ) [2019年6月3日 7時] [固定リンク] スマホ [違反報告・ブロック]

-fin

666 (プロフ) [2019年6月3日 17時] 7番目の返信 スマホ [違反報告・ブロック]

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昴×陸斗

666 (プロフ) [2019年5月31日 14時] [固定リンク] スマホ [違反報告・ブロック]

-fin

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アイオ+カルナ

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-fin

666 (プロフ) [2019年5月31日 8時] 5番目の返信 スマホ [違反報告・ブロック]

666 (プロフ) [2019年5月31日 8時] 6番目の返信 PCから [違反報告・ブロック]

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