ロル6
「……どないしたん」そないな目して、と呟いて視線を櫂の手に落として、僅かに目を見開く。自傷したのか、と思ったけれど傷がないことを見て、動揺したように息を飲み口を開いた「…………誰か、殺したん?」
びくり、と肩が震える。息が上がる。分かっている、分かっている。櫂がしたことは、他者を傷つけることではない。他者を抹消することだ。櫂は、人を殺したのだ。人を。「っう゛……」呻いて、手近にあったゴミ箱を引き寄せる。そしてそこに胃酸を吐き出した。口が、苦い。
「っ、すまん」言葉の選び方を間違えた、と流石の淕空も思ったのか謝って、迷いつつも櫂の背中を軽く撫でてやる。すまん、とまた謝って視線をそらした
上がった息を抑えつけながら、血に汚れた手を淕空の方に向けた。今は、お前と話す気力も残っとらん、と。「なんも、見んかったことにして、帰れ……答えるだけの、余力があらへんねん……」
「っ、阿呆!!」怒気を含んだ声で、淕空は櫂を怒鳴る。「俺は確かに人嫌いやけどな!こないな事見て、こないなことなっとるお前を見捨てるほど人間終わってるわけちゃうぞ!!」
「うるさい……」やめろ、泣きたくなるやろ。そう呻いて櫂は首を振る。口元を押さえて、目をきつく閉じて、帰れ、帰れ、と繰り返した。現実逃避と、自己保身。それを最優先にして、心を守って。淕空の優しさも、今は痛いからと拒んでいる。
「吐き出したいなら吐き出せ!泣きたいなら泣け!俺ばっかお前に醜態晒すなんてそんなの不公平やクソが!!」そんなことを言う。適当な理由付けをして、吐き出させようとする。自分ばかり弱みを見せるなんて、そんなの許さない、と。
なんやそれ、と苦笑と涙とが入り混じったような声で呻いて、そして、櫂は汚れていない左手で目元を隠した。けれどそれで堪えきれるわけもなく、指の間からぼたぼたと涙が流れていく。落ちていく。「……そのだぁ、よろこぶんやで……あしたのとうひょうは、なくなったからなぁ……」わざと、怒らせるようなことを言って。櫂は自分を騙して笑い始めた。これがおかしくなくてどうする、とか。言うけれど、涙は止まらない。ええことなんやから泣くことないんに、とか言うけれど、本心からの言葉ではない。……泣くしか、出来ない。
「……阿呆っ…そないなことしてまで、止めることやないやろ……!」悔しそうに唇を噛んで、淕空は言葉を零す。こんな風に泣くなら、吐いてしまうくらいなら、やらない方がよかっただろうに、と。震える声で呟く
「それで、あした……とーひょーしたとして、ひとりのぎせいで、ほんまに、すむんか? ほんまにそれですまさせてくれるんか? それに、れんくんみたいなこどもに、とーひょーの、せきをおわせるんか?」わしにはできひんよ、と呻く。涙と共に、弱音がこぼれる。ほんまに痛いわ、こないに苦しゅうなるなんて思っとらんかった、とか。
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