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かしゃり、と極限までシャッター音を抑えたカメラで写真を撮る。夜闇のせいで画質は悪くなるだろうが、それでも十分だ。空は物陰から密会の様子を窺いつつ、また一枚、写真を盗み撮る。「なぁんの取引かねえ……」
「んじゃ、そっちへのルートは頼むぜ、翡翠よォ。あぁ、あと金木のお嬢によろしくなァ。」「ん、瀬島のおっさんも、志野木の若によろしく頼みます。」同盟を結んでいる極道の側近同士で、薬の密売ルートについての取引をして、翡翠はそんなことを言う。撮られているのとにはまだ気がついていない。
高性能なボイスレコーダーを回しつつ、聞こえてきた単語に空はひどく顔を歪めた。空は薬関係のものが須く嫌いだ。むしろ憎んでいると言っても差し支えがない。首を振り、小さく息を吐き出すとまた写真をぱしゃり、と撮る。「……ぜってぇ突き出してやる……」
「若もお嬢も薬関係はよく思わねェが、資金的には一番効率いいからなァ。面倒くせェが俺達の腕次第だろうよ」「そーですよねぇ、ったくお嬢ときたらこっちの仕事は何もやらねぇんだから…」翡翠は息を吐き出しながら、周りに視線をめぐらせる。誰かの視線に気がついたらしい。
げ、と言う顔をしながら空は一歩引く。聞こえてきた会話から資金調達のためだけに薬を捌いているらしいが、空からすれば捌いているだけで罪だ。しょっぴく理由は余りある。「……逃げるか」足音を出来るだけ殺しながら空は後退る。と、小石を蹴ってしまった。やべ、と呟くと同時に空は駆けだした。
「っ、追え!翡翠!」「言われなくても追いますよーっと!!」言われると同時に翡翠は逃げた人物を追う。会話が聞かれたからには、取引現場を見られたからには、如何なる人物であろうと捕まえなければならない。
「う、っわー……! さいっあく!」悪態を吐きながら空は身を低くして思い切り加速した。やっぱ体鍛えてて良かった、などと考えながら裏路地を駆けていく。が、土地勘がないのだ。どちらに行けばいいのかも分からず、でたらめに駆け抜けていく。
「うおっ、アイツはえーな……」そう呟きつつ、翡翠は追う。翡翠とてそれなりに早いが、特出して早い訳でもない。だが翡翠には土地勘がある。どの道をどう走っていけばどこに早く出られるのか、知っている。一度違う道に入って、また出れば、先ほどよりも背中の距離は近くなる。
「っ!」一瞬遠くなった気配が、次の瞬間自分の背後にまた現れる。どうやら土地勘のある相手のようだと最悪の現実を認識すると、空はポケットからボイスレコーダーを取り出し、あらぬ方に投げる。「あんたらの声はそっちに入ってるからなぁ!」放置しとくと後で大変なことになるかもしんねぇぞ、と挑発的に言ってやり、少し振り返って舌を出す。
「っ、あんにゃろ……!」一瞬ボイスレコーダーに気を取られるが直ぐに追いかけながらスマホを取り出し、電話をかける。「瀬島さん!さっきのやつがボイスレコーダー投げました!場所はF3地点付近です、回収お願いします!俺は追跡続けるんで!」電話を切ると本腰を入れて追いかけ始める
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