東京は小説より奇なり
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眠たげな甘さを含んだ空気が漂う春、土曜日。
この四月にできたばかりだというショッピングモールに花梨はいた。友人である翔太と静流と一緒に、コーヒーが絶品だと言うカフェに向かう途中だ。
「コーヒーが美味い店は信用できる。これ、俺調べ」
「どういう根拠なの、それ」
「俺調べっつったら俺調べなんだよ」
やいのやいのと言葉を交わす翔太と静流に挟まれながら、花梨は絶品だというコーヒーの味と香りを想像してみる。一様に絶品といっても色々ある。苦味の強いタイプか、酸味の強いタイプか、それともどちらも強いタイプか。花梨は普段、紅茶とコーヒーだったら紅茶を選ぶが、コーヒーも結構好きだ。
「翔太は、コーヒーが美味けりゃなんでもいいんだろ」
ぼろろとこぼした言葉に、そんなことないよお、と翔太が頬を膨らます。静流が、コーヒーの付け合わせは何があるかな、とぼやいた。
ここ最近で建設された、しかも大型のショッピングモールだが、意外と知り合いに遭遇しない。今度は真冬や怜斗と来ても楽しいかもしれないな、と思った。


心地の良い白藍の空が眩しい春の朝。牢は冥と共に新しくできたというショッピングモールに向かっていた。
「どんなお店が入ってるのかなぁ。僕ブラウス買いたいんだけど、意外とこういう時って目当てじゃない良いものに出会っちゃったりするんだよねぇ。」
今日の冥は薄手の白いノースリーブのタートルネックに少しオーバーサイズの白いシアーシャツを纏っていた。肩を落とした着こなしが爽やかな色合いと対照的に妙に艶っぽい。
「そういうもんだよな。なんなら買うつもりのない時の方が気に入る服見つけること多いし。」
「あーわかるそれ。なんなら先に調べてから行った方が良いのかもね。」
「ま、そういう出会いもウィンドウショッピングの醍醐味だからな。どうしてもって言うなら通販で買えばいいってなっちまうからな。」
「確かに?そう考えたら悪くは無いのかも……。」
そんなことを言いながら話していると、やけに耳馴染みのある声に呼び止められた。
「牢。」
振り返らなくても分かる。その声の主は牢の従兄弟の双子の兄の方、月夜だ。
「どこ行くの?俺らも連れてってよ〜。」
肩に腕が回り顔の横に顔が寄る。
ゆっくり振り返りながら困った顔を見せた。
「月夜さん、星夜さん。2人こそ、なんでこんなところに?」
「散歩だよ散歩。特に目的があるわけじゃないのんびりとしたやつさ。」
平然と月夜は答えたが、恐らく嘘だ。暇つぶしに監視カメラを覗いたら俺たちがこっちの方面に向かっているのを見つけたから会いに来たとかそんなところだろう。
「へえ、医大生って意外と暇なんだ。」
あからさまに不機嫌を顔に張り付けた冥が唇を尖らせる。
「まさか。忙しいからこそ息抜きってものが必要なんだよ。君こそ、お勉強した方がいいんじゃない?牢と違ってテストの点は芳しくないんだろ?」
「余計なお世話。月夜さんは僕らに構わず息抜きの散歩の続きどーぞ。」
会って早々にこれだ。牢と星夜は目を見合わせた。思わずため息が漏れる。
「相変わらずだねぇ。」
「2人ともせっかくの休日にやめてくれよ。喧嘩してんなら先行くぞ。」
「やだなぁ牢、喧嘩なんてしてないよ。ちょっとした世間話。もう良いよ。」
「ごめんね、うるさくしちゃって。良いからもう行こう?」
そんなこんなでショッピングモールに着く頃には人数は倍になっていた。


辿り着いたカフェの見た目は、洋風と古風が混ざり合ったような不思議な外観をしていた。流石に休日の昼時なだけあって、それなりに人が並んでいた。
「げえ、やっぱ待たないとダメか」
翔太が店の前のベンチに座る人々を見て顔を歪める。ベンチは既に埋まっていて、立って待つしかない状況だ。
「絶品のコーヒーが飲めるってんだから、それぐらいは許容しなくちゃな」
「まあ、昼時だしね。先にメニュー見て、注文だけ決めとこうよ」
店の前のメニュー置きに立てかけられたメニュー表を、静流が手に取る。開いて、中を三人で覗き込んだ。
「すご!コーヒーの飲み比べセットとかある」
「あ、いいな。俺、それにしよう」
「僕もそれにしようかな」
「なんだよ、もしかして全員飲み比べセットか?」
翔太が面白くなさそうに唇を尖らせた。


「とりあえずぐるっと回るか。気になる店があったらその都度入るって感じでいいか?」
スマートフォンでマップを開きながら確認する。冥がマップを覗き込んできた。
「うん、僕は良いよ。へぇ、結構広いんだね。レストラン街もあるんだ。あ、カフェもあるよ。雑貨屋もある。服はもちろん見たいけどこうなると全部気になっちゃうね。」
「ああ。そのカフェ、珈琲が美味しいらしいね。この前の配信でリスナーが教えてくれたんだ。」
「あー、あれってここなんだ。まあ俺はこっちのラーメン屋の方が気になるけど。」
「星夜は本っ当、二郎好きだねぇ。」
「もち。後で昼飯に行こうぜ。」
「二郎系?僕そんなに食べらんないよ。」
「俺もそんなに重いのはなぁ。」
「だーいじょうぶだって!最近はレディースサイズってのがある店も多いんだから!」
「その店は小さいのがある店なのかい?」
「知らね。」
「知らねってそんな無責任な。」
「何はともあれ歩かないかい?ずっと立ち止まってるのもなんだしさ。」
「……それもそうだな。」


いくつかの気になる店だけを見るつもりだったのだが、いざ歩き出して見ればほとんどの店に入ることになっていた。考えてみれば自分達の興味の方向性はバラバラで、誰か1人でも気になった店に入るとなると入らない店を探すことの方が難しいくらいだった。男4人でFrancfrancに入った時はさすがに周囲の視線が少し痛かったが。
「なぁ〜、腹減った!そろそろ飯行こうぜ〜ラーメンラーメン!」
時間を確認すると確かにもう昼の時間だ。
「……ラーメンかぁ、あんまり気乗りしねえんだよなぁ。」
「1回レストラン街歩いでみるのはどう?もしかしたら他にも星夜さんが気に入るものが見つかるかもしれないよ。」
「最悪別行動にしても良いしね。俺は別にラーメンでも良いから、どうしても意見が合わなかったら各々好きな所で食事して後で合流にしよう。」
そうして俺たちはカフェやレストランの並ぶ通りへ向かった。


「まあそんなところかな」
「本当は牢君と2人での予定だったんだけど」
「彼の言うことは気にしなくていいよ」
口を尖らせて不貞腐れる冥に月夜はヒラヒラと手を振った。
「そっちの白いの誰?初めて見るんだけど」
十朱の髪は生まれつきだろう。星夜のデリカシーの無い発言を放っておくのは流石に気が引けた。
「星夜さん……。ごめんね、十朱君。こっちは月夜さんと星夜さん。僕の従兄弟なんだ。」
「うわっ、すっげぇ久しぶりに見たわ牢の優等生モード!」
星夜のデリカシーの無さは筋金入りだ。全身が一瞬硬直したのがわかる。顔もおそらく引きつっているだろう。
「星夜……。」
これには月夜もドン引きのようだ。

