お前らの妄想置いてけ
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この腐りきった世界から逃げ出したくて立ち寄った、学校の屋上の事だった。世界の終末まであといくらかも分からない時、見知らぬ少女を裸足で屋上の瀬に見かけたのだ。そばには脱いだのだろう上履きと、開けっ放し筆箱と、答案用紙が落ちていた。
彼女の背中は赤く染まる終末の空に逆光している。哀愁と諦観の雰囲気を感じた。
「……あの」
別に止めるつもりはなかったが、いつの間にか彼女の両肩を掴んでは私の先を越すのを阻止していた。
「何で」
彼女の顔は分からなかったが、その声から察するに泣いているようだ。私はどう慰めるべきか分からず、思った事を口にしていた。
「……私より先に死なれるのが癪に触ったので」
「ねぇ」
それから一言も話してくれないので、立ち去ろうとした時だった。彼女は消え入るような声を震わせていて。振り返ってみれば、私を見上げている。その顔は強張っていたが、腕だけは縋りつくようにしっかりと私のコートの裾を掴んでいた。あの、というたった一言に、彼女の想いが一体どれだけ詰まっているのだろうか。私はようやくほぼ初対面の彼女について理解した、彼女は私と喋りたくないのではない、ただ口下手なのだと。本当は感情豊かな子なのだと。その証拠に、彼女の口は何か言いたげに少しだけ開いては閉じてを繰り返していた。血のように赤い霧が夕焼け空を穢していく。ああ、熱い。血液が沸騰しそうだ。この時間の終焉が近いのだろう、そう嫌でも実感させられた。
私を止まらせた後、彼女は何も喋らなかった。言葉にしたい事ができないのだろう。さっきまでは可哀想な子だと思っていたが、今ではむしろ愛らしいぐらいにまで思えてきた。
恋人も、家族も、友人もいない私の最期を彩ってくれる花になって欲しい。心からそう思った。きっと、彼女ともっと速く出会っていても、同じ事を思っただろう。
「……どうせなら、一緒に行きませんか?赤信号もみんなで渡れば怖くないらしいですし」
まだ使い慣れない敬語で提案してみる。彼女がコクリと頷くのを見て、彼女の両肩から手を離す。そして、彼女の手を握り、私も生と死の瀬に立った。
「……最期に、名前だけ教えて下さい。冥土の土産にします」
彼女は、微笑みながら名乗る。
「……美穂です。貴方は?」
私も答えようとした。
「私は…つまらない名前なので忘れました」
私のあまりにも頓珍漢な答えに、美穂は歯を見せて笑った。
「なんですか、それ」
私も笑った。
「ははっ。なんなんでしょうね、本当に……」
そして、告げる。
「……貴方のタイミングに合わせます」
彼女は笑顔のまま「はい」と答え、目を閉じた。
次の瞬間、私が目にしたのは逆さまに流れていく校舎だった。

