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「………」ぺらり、と本のページをめくる。桃花は両親を嫌っていた。されど、その頭の出来は両親譲りであり、狂わなければただ両親と同じように文学を好むのみの少女だった。それが悪魔のせいで、たった一つの寵愛が原因で、桃花は狂った、狂ってしまった
「零斗は、生きてるのかね」ふと同じ施設で育った子供のことを思いだし、ベイルは呟いた。零斗、零斗。ただの零斗。名字もなく引き取り手も勿論なく、ただ外面の良さと生き汚さだけで生き延びた同類、のような違うような。あのとき逃がした、唯一の子供だ。「生きてるとしたら、会いてェなァ」けらけらと笑い、煙草を咥えて夕闇を眺める。
「……はあ」本を読みながら溜息を吐き出す。父はなんとか生き延びたものの、母は殺してしまった。父の本は相も変わらず出版され続けているが、母の新しい本を読むことはもう出来ない。その点だけでいえば、勿体ないことをした、と言えなくもない。
煙草の火を落とし、頭を過った予感に目を細める。きっともう長くない、という予感だ。自殺か他殺かは知らないが、多分、自らその死を受け入れるのだろう。そんな予感がする。「……それならそれでいーんだ。俺ァ、生きてても意味がねェし」呟いて、部屋に戻る。
「……今更、何を」ボクは正しかった、と呟く。抑圧していた父を、それを容認した母を、殺して何が悪い。自分は誰にも支配させない。もう自分自身のことを否定させ等しない。逆らうなど許さない。そんな奴は全員、罪人だ。罪人ならば、断罪しなければならない。
ナイフの腹に指を滑らせる。指先が切れるようなことはない。刃は鈍っている。あとどれ程の命なのだろうか。あとどれだけ楽しめる命なのだろうか。先の見えない曖昧さ。慣れたものだが、好きではなかった。「……うし、明日から、また行くかァ」
「ボクは、正しい、間違ってない。間違っているわけがない。」確認するように、言い聞かせるように、桃花は本を胸に抱きながら呟く。完全で、完成している自分のどこに、間違いがあるのだ。もう完結している自分が、何を間違えているのか。そんなはずがないのに、今更ベイルの言葉が突っかかって離れない
自分から見て、彼女はひどく、歪に見えた。そろは同族を探し当てるベイルの直感。ベイルは自分の歪みを理解しているために、他者の歪みをも感じ取ることができる。桃花はそれに、しっかりと引っ掛かっていた。「……」ベッドの上でふう、と煙草の煙を吹かし、考える。
「……はあ…」溜息を吐き出して、桃花は本を本棚にしまい始める。考えていると、余計に憂鬱になって、負のループに入ってしまいそう、と考えてもう考えるのはやめた。考えるまでもないことだ。自分こそ正しい、間違っていない。それがごく当然のことなのだ。
人を殺,すことに正しいも正義もない。ベイルがそんな考えを抱くのは一種の皮肉のようなものだが、間違ったことではなかった。人殺しに善悪は関係ないのだ。誰を殺しても本人の責任で、楽しむことさえ出来れば間違いではない。けれど、正解はない。殺人は罪だ。誰が犯そうともその罪は罪だ。「……それだけは、教えるか」珍しく語尾を間延びさせず、ベイルは呟く。
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